春美「何とかしたりいな。
兄ちゃん、丸うなって震えとるで。」
洋子「兄ちゃん、ジョークやがな、ジョーク。
まあそこに座りい。
情けないやっちゃな。」
好恵「お兄さん。
今気付けにお茶でも出したるさかいな。」
春美「それにしてもえらい間に迫った演技やったな。」
洋子「恐山のイタコを演ったのはダテではおまへんで。」
春美「なんちゅうても、あんたの顔が怖い。」
洋子「そらホメとんのか、けなしとんのか、どっちやねん。」
春美「細木和子も真っ青やな。
さすがはオードリーや。」
哲哉「オードリー?」
洋子「芸名やがな。」
哲哉「はあ・・・」
春美「何や兄ちゃん、知らへんのか?
劇団熊ノ井のオードリーさんを。」
哲哉「すいません。」
春美「あんた、熊ノ井におってわてらを知らんとは、モグリちゃうか?」
好恵「まあまあ。(哲哉にお茶を出す)。」
哲哉「あ、どうも。」
好恵「若い人やさかい、知らんこともあろうて。」
春美「劇団熊ノ井は、毎年盆と正月に公民館で芝居をうっとんねんで。
はあ50年はやっとるんと違うかの?」
洋子「そらいくらなんでもオーバーや。
うちら40になってから始めたんやで。
あんたは90の婆さんか?」
好恵「それにしては元気やね。」
洋子「まだ30年たってへんわ。
再来年やで30周年は。」
春美「ほうか。
大昔からやっとる気になっとったで。」
好恵「30年言やあ、このお兄さんにすれば大昔よね。なあ。」
哲哉「・・・まだ生まれてません。」
春美「さよか。
1回くらい見に来たことあらへんか?」
哲哉「子供の頃見たような気もします。」
春美「頼むで兄ちゃん。
しっかりせえや。」
哲哉「すいません。」
春美「こちらが座長のオードリーさんや。」
洋子「よろしゅうにな。
あ、いかん、へえこいてもうたわ。」
好恵「洋子ちゃん。
お客さんの前で失礼やで。」
洋子「オードリーがへえこいて、ヘップバーンやな。」
春美「おもろないで。」
洋子「ほんで、この口の悪いオバンがジュリアや。」
春美「覚えてな、兄ちゃん。」
哲哉「はあ・・・」
春美「覚えんと、どつかれんで!」
好恵「まあまあ。
お兄さん怖がらせてどないすんの。」
洋子「で、この人が劇団熊ノ井の看板女優、キャサリンや。」
好恵「よろしくね。」
春美「ババアがブリッコしてどないする。
兄ちゃん引いとるやないか。」
洋子「あと、この熊がジョニーや。」
春美「グラサン外したれや。」
洋子「ホンマはジョニーさんいうトップスターがおったんやが。」
春美「正月公演の後モチをノドに詰まらせてもうて。」
好恵「ええ男やったんよ。
裕次郎みたいな。」
春美「ほうか?
どっちか言うとバーブ佐竹に似とったで。」
好恵「ちょっと。
まぜっかえさんといて。」
洋子「バーブ佐竹はわからんと思うで。」
春美「好恵ちゃんはジョニーさんにホの字やったさかいな。」
好恵「お客さんの前で何言うとんの、もう。
うち、お菓子でも持って来るわ。」
洋子「キャサリンはババアになっても恥じらいが残っとるな。」
春美「平気でへえこくようになったらおしまいやで。」
洋子「余計なお世話や・・・
好恵ちゃーん、そっちにゃ菓子はないでー。」
好恵「冷蔵庫に入れとった思うたがね。」
洋子「好恵ちゃんはホンマに忘れっぽいのう。
菓子はその戸棚の中やで。」
好恵「そやったな。」
春美「兄ちゃん。
あんたお茶よりビールの方がええやろ?」
洋子「あんたが飲みたいだけと違うか?」
好恵「こらええヨウカンが残っとるよ。」
洋子「そりゃジョニーさんが去年四国の巡礼の土産に持って来ちゃったやつやろ?
大丈夫かいね?」
好恵「知らんけど、うちあっちで切って来るわ。」
春美「お兄ちゃーん。
アサヒとキリンとどっちがええねー?」
哲哉「いや、あの・・・」
春美「ハッキリ言わんと、どつかれんでー!」
哲哉「キリンでお願いしまーす。」
台所への入り口で春美と好恵はち合わせ
好恵「そう言や切るもんがいるね。
春美ちゃん、さっきのナイフ貸してよ。」
春美「あのナイフは切れんからな・・・
そうや、兄ちゃん、さっきの刃物貸してみ。」
哲哉「あ、はい。」
春美「こら立派な包丁やないか。」
好恵「これなら切れそうやね。」
春美「兄ちゃん、ありがとな・・・
ほい、ラガーやで。」
哲哉「ありがとうございます。」
春美「遠慮したらあかんで。
わても飲むんやさかいな。」
洋子「ジュリアはホンマ男並みやな。」
春美「頑張って役作りしよるんやないの。」
洋子「よう言うわ。」
好恵、まな板の上にヨウカンをのせて持って来る。
好恵「あかんわ。
こら固うて切れへん。」
洋子「そないに固いか?」
好恵「うちには無理やわ。」
春美「兄ちゃん、あんた男やろ?
切ってえな。」
哲哉「は、はい・・・
な、何か岩みたいに固いですね。」
洋子「兄ちゃんにも無理か?」
哲哉「いやちょっとずつ切れてはいるんですが・・・」
春美「ええい、まだるっこしいな。
兄ちゃん、ちょっと貸してみい。」
春美、気合を入れると次々にヨウカンを切る
洋子「さすがは怪力ジュリアやね。」
好恵「せやけど、こんな固いの食べれへんよ。」
春美「そうやな。
こらもうヨウカンとは言えん。」
好恵「岩おこしみたいやな。」
春美「弾力まである分、始末に負えんで。」
洋子「せっかく、ジョニーさんの土産やのにな。」
好恵「そや。
うち向こうで水にかしてくるわ。
やらこうなるかも知れへんやろ。」
春美「そこまでせえでも・・・」
洋子「そうやね。
明日には食べれるかもな。」
春美「兄ちゃん、ごめんな。
つまみものうて。」
哲哉「つまみだなんて・・・」
春美「何ぞほかに菓子はなかったかの・・・(戸棚を調べて)
・・・お、食いかけの塩せんべがあるで。」
洋子「そらいつのかいな。」
春美「好恵ちゃんのこと笑われへんな。
かいもく思い出されへん。」
洋子「うちもや・・・
ほい、兄ちゃん。
つまみやで。」
哲哉「あ、あの、大丈夫なんでしょうか?」
春美「男がこまいこと気にするもんやないで。」
3人、せんべいをかじってみるが
哲哉「うーん。」
洋子「かなりシケとるな。」
春美「これ塩せんべやろ?
何や甘いで。」
好恵「あ、それ食べたらあかん。」
春美「何やて?」
好恵「ほら、底の方カビいっとるやろ?」
洋子「はよ、言わな。
みな食べてまうとこやったで。」
春美「アホ。
食うてもうたやないか・・・
こうなったら、兄ちゃん、あんたも1枚くらい全部食べなあかん。」
洋子「どういう理屈やねん。」
春美「わてのせんべが食えんとは言わせへんで。」
春美、哲哉が食べかけで持っていたせんべいの残りを、口に無理矢理押し込む
洋子「相変わらず無茶すんな、春美ちゃんは。」
春美「わてだけカビせんべ食わされるんはシャクやさかいな。」
洋子「兄ちゃん、大丈夫か?
目から涙出とるで。」
春美「好恵ちゃん。
カビとったら捨ててえな。」
好恵「ごめんなあ。
今急に思い出したんよ。」
洋子「ヨウカン、かして来てくれた?」
好恵「それなんやけど、よう見たらカビとったわ。」
春美「ヨウカンもかいな。」
好恵「全部ビッシリカビとって、かえってわからへんかったんやわ。」
春美「白い小豆か思とったで。
あれ全部カビやったんかいな。」
洋子「そう言や、菓子を探さんでも、もみじまんじゅうがあったやないの。」
春美「わてら皆ボケボケやな。」
洋子「ほい、兄ちゃん。
これはさっき開けたばかりやから大丈夫やで。」
春美「兄ちゃん、カンパイや。
カンパーイ。」
好恵「ところで、お兄さん、何の用でしたかの?」
春美「好恵ちゃんは忘れっぽうてあかんな・・・
はて、何やったかいな?」
洋子「2人ともしっかりしいや。
えーと・・・」
哲哉「あ、それじゃ、これで・・・」
洋子「待ちんさい!」
哲哉「勘弁してくださいよ。」
春美「手をあげろ!
言う通りにせえへんと、ホンマに刺したるで。」
洋子「春美ちゃん、大分強盗らしくドスが効いて来たやないか。」
春美「凶器はこちらの手にあるんを忘れたらあかんで。」
好恵「まあ、そないにイジメたらお兄さんがかわいそうやわ。」
洋子「あんた、どうせヒマなんやろ?」
哲哉「は、はい・・・」
洋子「せやったら、もうちっとうちらの相手しい。」
哲哉「わかりました。」
春美「初めから素直にしとればええんや。」
洋子「思い出したわ。
兄ちゃん、何かワケありなんやろ?
悩みでもあるんやったら言うてみい。
ウチらが聞いたげるさかい。」
春美「ホンマのこと言わな、生きて帰さへんで!」
好恵「包丁は置かな。
お兄さん、ホンマにビビっとるよ。」
春美「しょうがないのう。」
洋子「なあ、兄ちゃん。
何でウチらに強盗みたいなマネしかけて来たんや?」
春美「事としだいによっちゃ・・・」
好恵「春美ちゃんは黙っといてよ。」
春美「へいへい。」
洋子「なあ兄ちゃん、言うてみ。
ウチらで構へんのやったら、相談に乗るで。」
好恵「何せ人生経験だけは腐るほどあるからね。」
哲哉「あの・・・こんな事言っていいのかどうか・・・」
洋子「何でも構わんよ。
少々の事では驚いたりせえへんから。」
好恵「皆、棺桶に片足突っ込んだお婆ちゃんばかりやし。」
哲哉「実は・・・人質になって欲しかったんです。」
洋子「人質やて?」
春美「そら物騒な話やな。
怖いなー。
オシッコちびってまいそうやで。」
洋子「あんたが言うても、わざとらしいがな。」
哲哉「どうもすいませんでした!」
洋子「謝りゃすむ問題とは違うで。」
春美「事と次第によっちゃ・・・」
好恵「春美ちゃん!」
春美「何でわてが言うたらアカンのや。
悪者扱いかいな。」
洋子「まあまあ。
兄ちゃん、ちゃんと説明してくれな、ウチら納得出来へんな。」
好恵「そうやで。
あないな事やって、ほな、さいなら、ではあんまりや。」
哲哉「わかりました。
実は僕、人質をとって立てこもろうかと・・・」
洋子「立てこもりやて?」
春美「そら何か、ワクワクするんと違うか?」
好恵「連合赤軍みたいにか、お兄さん?」
哲哉「連合赤軍?。」
春美「兄ちゃん、知らへんのか?」
洋子「たぶん、兄ちゃんまだ生まれてへんで。」
春美「浅間山荘事件言うてな。
テレビで何日も実況放送したさかい、ワテらかじり着いて見とったで。」
好恵「か弱い女の人、人質にとって、最後は機動隊が突入して、鉄球で山小屋壊してな・・・」
洋子「好恵ちゃん、あんた、そないな昔の話よう覚えとるな。」
好恵「しょうもないことは覚えてるのよ。
そしたら、うちらが人質になるんね?
こら芝居どころやないね。
うちら悲劇のヒロインやないの・・・」
春美「しもた!
化粧しとくんやったな。」
洋子「ちょっとあんたら席外しとってくれへんか?
人が多いと兄ちゃんも話しづらそうや。」
好恵「春美ちゃん。
台所へでもフケとく?」
春美「そやな。
洋子ちゃん、兄ちゃん逃がしたらアカンで。」
洋子「・・・さてと。
ウルサイのが行ったところで、もう話せるやろ?」
哲哉「は、はい、すみません。
実は・・・」
わずかに暗転。
奥(台所)から春美と好恵の低い呻き声のような悲鳴が聞こえる。
洋子「・・・おもろい話やないか。
なったるで、人質くらい。」
哲哉「いや、でも、ホントもういいですから。」
洋子「もうええよー。」
春美「あんたら話が長いで。」
好恵「こっちは大変やったんよ。」
春美「そうそう。」
洋子「何や。
さっきヒキガエルみたいな声がしたけど、何かあったんか?」
好恵「ヒキガエルどころやないんよ。
さっきのカビヨウカン、水にかしたままやったやろ?」
春美「そしたら、妙に柔らこうなってしもうてな。」
好恵「ひょっと見たら、中からこまい虫がぎょうさん出て来よって。」
春美「エイリアンかと思うたで。」
洋子「そらあんま見たくはないな。」
好恵「ホンマよ。
ウチ、まだ鳥肌立ってんねん。」
洋子「誰や、あのヨウカン食べかけで置いとったんは?」
春美「そらどうせ、あんたやがな。」
好恵「洋子ちゃん、食い意地が張ってるさかい。」
洋子「好恵ちゃん。
あないな物、水にかして食べよう、いう貧乏臭い根性が間違っとんのやで。」
好恵「洋子ちゃんかて、明日には食べれる、言うたやないの。」
春美「まあ、ヨウカンの話はこれくらいにして、聞かせてもらおやないか、兄ちゃんの話。」
洋子「それや。
うちら今からこの兄ちゃんの人質になったろ、思うんや。」
好恵「ホンマに?」
洋子「別に危ないことはないから。」
春美「そら、この兄ちゃんやからな・・・」
好恵「せやけど、どういう事情なん?」
洋子「それがな、どうもちょっと皆に知られるのは恥ずかしい理由なんや。
ここは一つ、芝居やと思うて協力してくれへんか?」
春美「おもろそうやないか。
ワテはのったで。」
好恵「ウチもええよ。
今度の芝居の稽古にもなりそうやないの。」
洋子「兄ちゃん、良かったな。
皆協力してくれるんやて。」
哲哉「あの、ホントに僕の身勝手な理由でこんな事を・・・」
洋子「やめんかい!
そら今から人質とって立てこもろうかいう男のセリフと違うで。
ウチら、今から兄ちゃんを立派に立てこもらせてあげるさかい、あんたも努力して立てこもりいや。」
春美「何かようわからへんな。」
好恵「ウチらは?」
洋子「ええか。
兄ちゃんが人質とって立てこもる凶悪犯になるから、あんたらはか弱い人質になったって。」
春美「そら、わてのキャラやないな。」
洋子「演技や演技。」
好恵「うち、わくわくするわあ。
ねえ、襲われたらどないしょ?」
春美「アホか。」
洋子「それじゃ始めるで。
兄ちゃん、包丁持って外に出えや。」
哲哉「え?
別にそんなことしなくても・・・」
洋子「あんたも努力せえ、言うたやろ。
まずは集会所に突入するとこから手順を踏まな。」
哲哉「いや、しかし・・・」
春美「四の五の抜かしとったらしばくで!
このボケ!」
哲哉「わかりました。」
春美「煮え切らん男やな。」
好恵「大丈夫なん?」
洋子「そこは腐っても男や。
何とかするやろ。」
哲哉「すいませーん。」
好恵「いらっしゃーい。」
春美「お待ちしとりましたで。」
洋子「こらこら。
不自然な応対したらあかんで。」
哲哉「あの、こちらには今皆さんだけですか?」
好恵「ほうですな。」
哲哉「て・て・て・手を上げろ!」
洋子「待った!
何でそないにどもるねん。」
哲哉「すいません。」
洋子「ここはビシッと渋く、手を上げろ!と一発で決めなあかんで。
何事も第一印象が肝心やさかいな。」
春美「ほうやで。
それと刃物の出し方がオドオドしとってアカン。」
哲哉「そうですか?」
春美「ちょっと、貸してみ・・・
こう腰を入れて、突きだして、手を上げろ!
こうや。」
洋子「あんたホンマに堂に入ったもんやな。」
春美「包丁なら任しとき。
ほい、兄ちゃん、やってみ。」
哲哉「手を上げろ!」
春美・好恵「キャーッ!」
洋子「こらこら、何で兄ちゃんそこで逃げんのや。」
春美「人がせっかくか弱い人質になっとんねんで。
性根据えて凶悪犯にならんか!
このドアホ!」
洋子「わかった。
やっぱジュリアはキャラ違いや。
ここはキャサリンだけで行こ。」
春美「頼むで、キャサリン。」
好恵「まかしといて。」
洋子「それじゃ兄ちゃん、もっぺん手を上げろ、からいくで。準備はええか?はい。」
哲哉「手を上げろ!」
好恵「キャーッ!
わ、わ、私には将来を誓い合った人が・・・
アーレー!
お、お、お許しをー・・・」
洋子「兄ちゃん、何ボーッと突っ立っとんねん?」
哲哉「ど、どうすれば・・・」
春美「アドリブきかさんかい!
このボケ!」
洋子「まあまあ。
素人さんやからな。」
春美「プロの立てこもりがおるんかい?」
好恵「あの、もう起きてもええかね?」
洋子「そやな。
あんま長う年寄りが転がっとったら、ポックリ逝ったみたいや。」
好恵「縁起でもない。」
洋子「せやから、演技はもうええから。」
春美「好恵ちゃんが言うたのは、演技やのうて縁起やで。」
洋子「わかっとるがな。
縁起が悪いんやろ?」
好恵「ウチの演技が悪いん?」
春美「好恵ちゃんの演技が悪いんやのうて、縁起が悪いんや。」
好恵「何や区別が付かへんな。」
洋子「縁起が悪いから、好恵ちゃんは演技せんでええ、言うことよ。」
春美「演技せな、芝居にならへんで。」
好恵「ウチ、演技は下手やけど、演技させてえな。」
春美「そもそも、縁起が悪いから演技すな、言うたら好恵ちゃんがかわいそやないか。」
好恵「ウチの演技が縁起が悪いん?」
洋子「待った!
頭が混乱して来たわ。
ゴチャゴチャ言わんといて。」
春美「そうや、兄ちゃん。」
哲哉「はい。」
春美「あんたは、どう思う?」
哲哉「急にふられても・・・」
春美「あんたがシャンとせんから、皆もめとるんやで。」
哲哉「はあ・・・」
洋子「ほうやで。
せっかく好恵ちゃんが体当たりの演技しとるのに、あんたがデクノボウみたいにボサッと突っ立っとるから、こういうことになるんや。」
好恵「まあまあ。
お兄さん責めたら、かわいそうやないの。」
春美「聞いたか、青年。
今からあんたに襲われようか言うキャサリンのこの言葉。
これでふるい立たんようでは男とは言えんで。」
哲哉「わかりました。
だけど、どうすればいいのか・・・」
洋子「ウチがすぐセリフ書いたるさかい、それ見てしゃべりい。」
哲哉「すみません。」
洋子「全く世話の焼ける立てこもりやな。」
春美「兄ちゃんが男になれるセリフ、頼んだで。」
洋子「男になれるセリフか・・・
まあ、こんなもんやな。
ほい、兄ちゃん。」
春美「男らしいセリフやろな?」
洋子「まあ、男らしいと言えば男らしいの・・・」
哲哉「こんなセリフ言うんですか、僕が。」
春美「ゴチャゴチャ抜かすな!言うとろう?」
洋子「頑張りや。
そのくらいのセリフが吐けんようでは、一人前の立てこもりとは言えん。」
哲哉「わかりました。」
好恵「お兄さん、一回で決めてえな。
うち、そろそろ眠うなって来たさかい。」
春美「年寄りは体力ないんやからな。」
洋子「ほな、手を上げろ、からいくで。
はい。」
哲哉「手を上げろ!」
春美「ほら、腰入れて。」
洋子「キャサリン!」
好恵「キャーッ!わ、わ、私には将来を誓いあった人が・・・アーレー!お、お、お許しを・・・」
哲哉「騒ぐと命はないぞ。」
春美「おっしゃ。
ええ感じやで。」
洋子「そこで兄ちゃん、キャサリンににじり寄って次のセリフや。」
哲哉「へっへっへ。
ねえちゃん、ええ体しとるやないか。」
好恵「近寄らないで!
舌を噛むわよ。」
哲哉「ええやないか、ねえちゃん。
減るもんでもあるまいし。」
洋子「はい、そこまでや。」
春美「ありゃまあ。」
哲哉「すいませんでした!」
春美「兄ちゃん、謝ることはいらんで。
えらいうまいやないか、今のセリフ。」
好恵「何かホンマにゾゾゾッて、鳥肌立ったよ。」
春美「ヨウカンのエイリアンにも負けてへんで。」
洋子「兄ちゃん。
あんた使い物にならんか思とったけど、これならいけそうやで。」
哲哉「そうですか!」
洋子「そうや。
あんた変態路線なら立派に役が勤まるで。」
哲哉「ありがとうございます。」
春美「兄ちゃん。あんまほめられてへんと思うで。」
洋子「手始めにパンストでもかぶってもらおうか?」
哲哉「え?」
洋子「ウチの、貸したるさかい。」
哲哉「いや、それは・・・」
洋子「あんな、兄ちゃん。
昔から変態の王道言うたらパンストかぶりと相場が決まっとんのやで。」
春美「そら始めて聞いたな。」
洋子「裕次郎かて、キムタクかて、あのペ・ヨンジュンでさえ、皆はじめはパンストからかぶったもんや。」
春美「ようそないなホラが吹けるな・・・」
洋子「人がせっかくあんたを一人前の変態立てこもり男に仕立てたろう思て苦労しよるのに、親心が わからんか?」
春美「どう見ても親と言うより婆さんやわな・・・」
好恵「洋子ちゃん。
やっぱパンストは無理やろ。」
洋子「甘やかしたらタメにならんのやがな・・・」
哲哉「僕、やっぱりもうええです。」
春美「何やだんだんアホラシなって来たな。」
好恵「うちも疲れたわ。
大体、お兄さん何でここに押し入ったん?」
春美「もっと、らしい場所があるやろ。」
哲哉「あ、あの、僕これでもう失礼します。」
洋子「まあ待ちなはれ。
せっかくの縁や。
立てこもりにええ場所を紹介したろやないか。」
好恵「そら名案やね。」
春美「やっぱこういうのは銀行が定番やろ。
兄ちゃん、熊銀はどや?」
哲哉「・・・さっき行ってみました。」
春美「何や、行ってみたんか。
で、どないした?」
哲哉「行員さんが多すぎて・・・」
洋子「そうやな。
大人数を人質にするには兄ちゃんでは明らかに役不足や。」
哲哉「それと、男の人はちょっと・・・」
春美「注文の多い立てこもりやな。」
好恵「ええとこがあるよ。
農協はどう?」
洋子「そらええわ。
あそこはヒマそうやしな。
兄ちゃん、ちょっと待ってな。
今聞いたげるさかい。」
哲哉「あ、あの、ちょっと・・・」
洋子「(ケイタイを掛けて)ああ、鹿川さんか?
うちや。今ヒマか?・・・
え?ほうね、そらええわ・・・
いや何でもないんやけど、ちょっと用がある人がおってな・・・
又電話するかも知れんよってに・・・
ほな、さいなら。」
春美「ええ話らしいな。」
洋子「ほうや。
兄ちゃん、今農協は所長さんしかおらへんのやて。
うちが話通しといたげるさかい、行ってみたらどうや。」
好恵「お兄さん、気分でも悪いの?」
哲哉「い、いえ・・・」
洋子「鹿川さん言うのは優しそうな女の所長さんや。
若いのに出来た人やから、事情を話せば人質になってくれると思うで。」
春美「ほうやで、兄ちゃん。
鹿川さんならわてらより親身になってくれると思うで。」
哲哉「農協は駄目です。」
洋子「なして?」
哲哉「・・・母さんなんで。」
間
洋子「あんた、ひょっとして、鹿川さん?」
哲哉「・・・はい。」
春美「うそ。
鹿川さんて、お一人身と違うんか?」
哲哉「僕なんて・・・
いないようなものですから・・・」
好恵「覚えとるよ。」
洋子「好恵ちゃん?」
好恵「お兄さん、哲哉君やろ。」
哲哉「・・・はい。」
春美「こら驚いたな。
好恵ちゃんが知っとってとは・・・」
好恵「確か、春美ちゃんとこの龍太郎君と同級やで。」
春美「ホンマか、兄ちゃん?
熊野龍太郎て知っとるか?」
哲哉「知ってます。」
春美「そうか。
ワテの孫なんやけど、これが札付きでな。
何せ小学校の頃から、タバコは吸うわ、人は殴るわ、カツアゲするわ・・・」
哲哉「よくやられてました。」
春美「ありゃあ。
そりゃ悪かったの、兄ちゃん。
昔のことやさかい、許したってえな。」
洋子「今さら・・・
なあ・・・」
好恵「哲哉君。
あんた確か小学校の時転校して来はったんやわな。」
哲哉「はい・・・」
好恵「熊ノ井はよそ者にはきつい土地やからね。」
春美「ホンマ堪忍やで、兄ちゃん。
今度龍太郎引っ張って来て謝らしたるさかい・・・」
洋子「余計なことよ、春美ちゃん。」
哲哉「会いたくないです。」
好恵「小学校?
龍太郎君にやられたんは・・・」
哲哉「はい。」
春美「好恵ちゃん、もう堪忍したってえな。
兄ちゃん、答えるんがつらそうやで。」
間
春美「そ、そや。
兄ちゃん小学校は熊小か?」
哲哉「はい。
ここは熊小しかないですから。」
春美「そらま、そうやけど・・・
熊小の子がこれ作ってくれたんやで。」
春美、ハリボテの熊を示す。
春美「そこにはな、ホンマは立派な石で出来た熊さんがおってな。」
洋子「熊の井の守り神やとか、言うてたな。
ま、ホンマかどうか知らへんけど。」
春美「それがこの春の地震で真っ二つに割れてな。」
洋子「縁起が悪い、言うて、神社におはらいして引き取ってもろうたんや。」
春美「そしたら、熊小の元の校長さんが、これがわてらのダチなんやけど、寂しいから小学生に何か作らそ、言うてな・・・」
好恵「熊の話はもうどうでもええやないの。」
洋子「好恵ちゃん?」
ケイタイ電話が鳴り洋子が出る。
洋子「はい。え、鹿川さん?・・・
ちょ、ちょっと待ってえな・・・
兄ちゃん、お母ちゃんからやで。
あんたがここにおること、勘付っといてみたいや。
話すか?・・・
あ、ああ、ごめんな。
ちょっと芝居の稽古でバタバタしとってな・・・
え?ああ、ええよ、何?・・・
う、うん、わかった、25くらいの陰気な男の子やね・・・
いや、ホンマおらへんよ・・・・
ああ、それじゃあな。」
哲哉「何か?・・・」
洋子「息子を見たら、家に帰れ、言うてくれって。
そんで、母さんが悪かったからって。」
春美「わてら、事情はわからんのやが・・・」
洋子「お母ちゃん、泣いとったで。」
哲哉「・・・帰っていいんでしょうか?」
洋子「そう言うとられたよ。
帰るか?」
哲哉「・・・はい。」
好恵「待って。
うちどうしてもあんたに聞きたい。」
洋子「好恵ちゃん・・・」
好恵「あんた熊小にずっと通うたんか?」
哲哉「いいえ。」
好恵「殴られたり、カツアゲされたりして、学校には行けんわな。」
春美「ホンマ堪忍やで、兄ちゃん。」
好恵「中学は?」
哲哉「行ってません。」
好恵「今までどうしよったん?
もしかしてずっと家におったんと違うか?」
哲哉「・・・そうです。」
春美「立てこもりやのうて、引きこもりか・・・」
洋子「春美ちゃん!」
好恵「今多いんやとね。
お兄さん、何でここに来はったん?」
哲哉「おとつい母さんに家追い出されました。
職安でも行って仕事探して来い、それまで家には入れたらん、言うて。
おとついも昨日も、家帰っても入れてくれませんでした。」
春美「どこ泊まったんや?
友達のとこか?」
哲哉「・・・友達は、いません。
公園のベンチで寝ました。」
洋子「ちょっと酷やわなあ。
いきなり仕事探して来い、言われてもな・・・
鹿川さんも、もうちいと考えて・・・」
哲哉「母さんは悪くありません!
全部僕が駄目な人間だからです。
学校行け、言われて、僕、何度も、何度も、母さんを殴りました・・・」
好恵「もうええよ。」
哲哉「僕、最低の人間です。
家追い出されて、どうしていいかわかりませんでした。
何か騒ぎでも起こせば、母さんが困って家に連れ戻してくれるんやないか思うて・・・」
洋子「よう考えたらおかしな話やわな。」
哲哉「このまま30なっても、40なっても、僕よう家を出んかも知れません。
母さんにずっと迷惑かけて・・・
ホント、皆さんにも大変迷惑を掛けました。」
春美「ま、早う帰ったり。
お母ちゃん、心配しとるからな。」
哲哉「僕なんか・・・」
春美「男が泣くもんやないで。」
哲哉「死んだ方がましですね。」
部屋を出ようとする哲哉を好恵が呼び止める。
好恵「あんた・・・
今何言うたん?
お母ちゃんはあんたを死なそう思うて苦労しとるんやないで。
家にずっとおるのがそないに嫌か?
人並みに学校行って働いて・・・
それがそないに偉いことなんか!・・・
ドアホウ。
違うやろが。
あんたが元気でおるのが一番の親孝行違うんか?
死ぬやなんてめったなことで口にしたらあかんよ・・・」
春美「兄ちゃん、まっすぐうち帰るんやで!」
洋子「好恵ちゃん・・・」
好恵「ごめんな、ウチまで泣いてしもうて。」
春美「とんだお客さんやったな。」
洋子「ウチらは先帰ろか?・・・
好恵ちゃん、カギ置いとくさかい、落ち着いてから戸締まりして帰ってえな。」
好恵「待って。
ウチに気い使っとんのやったら、やめて。
ウチ一人になるのは嫌や。」
洋子「そうか。」
好恵「・・・ウチな、最近物忘れがひどいやろ?
覚えとかなアカンことも忘れてもうて・・・
けど、おかしなもんやね。
大昔のことは妙によう覚えとるんよ。
おひな祭りで初めて洋子ちゃんのうちにお呼ばれに行ったときとか・・・」
春美「何やそれ。
小学校のときやろ?」
好恵「白酒飲ませてもろうたけど、マズかったわ・・・」
洋子「もう覚えてへんよ。」
好恵「そしたら、春美ちゃんが酔っぱろうて、ひなだんひっくり返してな・・・」
春美「よう、そないな昔のこと覚えとるな・・・」
好恵「つまらんことばかりよ。
孫の顔さえ思い出せんのに、どうでもええこと、忘れてしまいたいことは、いつまーでも覚えとってな、何かのおりに頭に浮かんで離れてくれへん・・・」
洋子「思い出してもうたか?」
好恵「これももう大昔のことやのにな。
あの日の朝、一郎に欲しがっとった靴買うて来てはかせてやってな。
これ買うたるから学校行くんやで、ってアホな約束しとったんや。
玄関出るとき、一郎の足がオドオドふるえとってな、ちょうど今のお兄さんのような感じや。
せやのにここで甘やかしたらあかん思て、あの子を無理やり追ん出したんや・・・」
洋子「好恵ちゃん、自分を責めたらあかんよ。」
好恵「わかってる。
もう何回も何回も考えたことやからね・・・
そやけど、首吊っとったあの子のはだしの両足がピクピクしとったのが、今でもな・・・」
数日後の集会所。
春美「さびしゅうなるの。」
洋子「やっぱ置いてもらえへんのか?」
好恵「おってもええ、って娘は言うんやけどね。
これ以上世話をかけるわけにはいかんわ。」
春美「そこまでボケとるようには見えへんがな。」
好恵「春美ちゃんや洋子ちゃんとおるときだけよ・・・
ウチ、どうかすると娘の顔もわからへんかったりしてな・・・」
洋子「ホームに会いに行くからの。」
好恵「ありがとうね・・・
せやが、ウチ、あんたらのこともいつまで覚えとるかわからへんよ。」
春美「そないなこと、言いないな・・・」
好恵「ごめんなあ。
でもこの芝居はやるからの。」
洋子「そうや。
好恵ちゃんのためにも、夜霧に消えたジョニーはやらなあかん。」
春美「わてもやったるで!・・・
そやけど、あれ、ホンマにやるんか?」
洋子「ウチも恥捨てるよってに、あんたも頼むで。」
春美「ま、パンストかぶること思たら、何でも出来んことはないがな・・・」
好恵「ウチは?」
洋子「好恵ちゃんは今のままでええよ。
キャー、アーレー、で十分や。」
春美「しかしこの芝居ホンマにおさまりがつくんかいの?」
洋子「おさまりがつかへんから、苦労しよるんやないの。」
春美「やっぱジョニーさんがな・・・
おい、お前、何とかしたらどないやねん!」
洋子「熊に当たってもしゃあないで。」
好恵「あのお兄さん、今頃どないしよるやろ?」
春美「ああ、あの引きこもりの兄ちゃんか?
大方、うちで、あれやあれ、イタリアンや。」
洋子「インターネットのこと、言いたいんか?」
春美「それや。
今うちのお父ちゃんがハマっとってな。
日がな一日、部屋にこもって何かやっとるで。」
洋子「爺さんの引きこもりやね。」
春美「ホンマ銭にならへんな。」
哲哉「手を上げろ!」
好恵「お兄さん!
今、うわさしよったんよ。」
洋子「ジュリア!
あれ、やるで。」
春美「おっしゃ!」
哲哉「金を出せ!」
好恵「キャーッ!
わ、わ、私には、将来を誓い合った人が・・・
アーレー・・・」
洋子「待ちなさい!」
哲哉「何っ!?」
春美「か弱い婦女子にあだなす変態引きこもり仮面め。
ワテらが相手やで。」
哲哉「何者だっ!?」
洋子「胸に光るは勇者の誓い。」
春美「愛と正義の使者。」
洋子「セーラー仮面、ただ今参上!」
春美と洋子は決めのポーズから、哲哉に襲い掛かり乱闘になる。
熊のジョニーまで参加して・・・・・
~おしまい~
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