忍者ブログ

ゴルゴ40の高校演劇用脚本置き場

高校演劇用の脚本置き場

2024.04│ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30
フリーエリア

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

熊ノ井えれじい~夜霧に消えたジョニー

 熊ノ井えれじい~夜霧に消えたジョニー

 ☆登場人物

 熊田洋子(老女ー芸名オードリー)

 熊野春美(老女ー芸名ジュリア)

 熊崎好恵(老女ー芸名キャサリン)

 鹿川哲哉(青年)


     オレンジ色に染まった薄暗い小学校の帰り道。
     学芸会についておしゃべりしている仲良し3人組。

洋子「好恵ちゃんはええなあ。」

好恵「そんなことないよ。」

春美「主役やもんな。」

洋子「春美ちゃんかて役があるやろ。」

春美「役言うても馬の足やで。
ホンマ好かんわ、あのセンセ。」

好恵「馬の足かて大切な役や、言うて熊沢センセ言うてはったよ。」

洋子「出れるだけええやないの。
   うちなんか、ナレーションやで。」

春美「その方がよっぽどカッコええわ。」

好恵「あれは一番頭のええ子がやるんよ。」

洋子「ウチ勉強なんか出来んでも、お芝居に出たかったな。」

春美「何やったっけ?
   オード・・・」

洋子「オードリー・ヘップバーン。」

春美「そう、そのヘバーンや。
   洋子ちゃん、めざしとるんやもんな。」

好恵「なれるよ、きっと。
   洋子ちゃんやったら。」

洋子「学芸会でも役もらえへんのに。」

春美「ホンマ好恵ちゃんはええなあ。
   それにー。」

洋子「そうそう。」

好恵「な、何よ。
   その言い方。」

春美「相手役は熊本君やし。」

好恵「それがどうかしたの?
   関係あらへん。」

春美「おっと、照れとる、照れとる」

好恵「もう知らん!」

洋子「好恵ちゃん、どこ行くのー。」

春美「好恵ちゃーん。」

洋子「(笑いながら)帰ろっか。」

     好恵が上手、春美と洋子が下手に消えると、まぶしいまでの陽光が射し込み、そこは50年以上たった熊ノ井老人集会所の1室である。
     なぜか石原裕次郎の「夜霧よ今夜もありがとう」が流れている。
     小さな長机と古びた戸棚があり、床の間にはハリボテの熊(ジョニー)が置いてある。
     ジョニーは人目がないと動く不思議な熊で、今も音楽に合わせて変な踊りを踊っている。
     すっかり老人になった春美と洋子がやって来るとジョニーは動かなくなる

春美「今日は暑いな。」

洋子「ホンマやね。」

春美「あら、好恵ちゃんは?」

洋子「もう来とるはずやがの。
   好恵ちゃーん。」

好恵「おるよー。」

     奥から好恵が出て来る。
     奥には簡単な台所やトイレがある。

春美「何や、オシッコか。」

好恵「嫌やわ、恥ずかしい。」

春美「ちゃんと手えあろうたか?」

好恵「そんなん、忘れるはずあらへんよ。」

春美「おお、ジョニー、元気やったか?」

     春美、ジョニーの顔をなでているが

春美「しもた!
   わてもさっきトイレ行ったとき、手え洗わへんかったかも知れん。」

洋子「あんたまでボケ始めとるんと違うか?」

春美「手え洗うて来るわ。」

洋子「困ったもんやな。(ジョニーの顔をハンカチで拭く)」

好恵「うち、トイレ・・・」

洋子「好恵ちゃん?」

好恵「いや、何でも・・・」

洋子「この頃具合はどうね?」

好恵「まあぼちぼちやね。
   別にいのちに別はあらへんしな。」

洋子「そらそうやがな。」

春美「いや、やっぱり手は洗うたな。」

洋子「何や、手洗うて来たんと違うんか?」

春美「間違いなく洗うたもんを、もっかい洗うわけにはいかん。」

好恵「春美ちゃんらしい理屈やね。」

洋子「はいはい。
   それじゃ早いとこ本読みやりまっせ。」

     洋子、複写して来たらしい脚本を配る。

春美「夜霧に消えたジョニー。
   相変わらずワンパターンのタイトルやな。」

好恵「ええやないの。
   素敵なタイトルやわあ。」

春美「で、わてがジョニーでええんやな。」

洋子「そら、この熊はしゃべれへんからな。
   そんで好恵ちゃんはいつも通りのキャサリンや。」

春美「よっしゃ、行こ。」

洋子「昼下がりの銀行。
   怪しげな格好をしたジョニーは、受付嬢のキャサリンに名前を呼ばれる。」

好恵「熊野さーん。」

春美「はいよー。」

洋子「春美ちゃん、あかんで。」

春美「はあ?」

洋子「そこはセリフないやろ?」

春美「いや何か返事せんのは無礼かのうと。」

好恵「つまらんこと気にする銀行強盗やね。」

洋子「それにジョニーは、はいよー、とは言わんで。
   そらあんた、そこら辺のオバンや。」

春美「そこら辺のオバンで悪かったな。
   そんじゃまあ、イエッサー!ちゅうのはどやろ?」

洋子「あんたなあ、そこで余計なこと言わんといてくれんか?
   ジョニーは無口でシブイ男なんやで。」

春美「へえへえ、そういうもんでっか。」

好恵「役になり切らな、あかんよ。」

洋子「じゃ、もっかい同じとこ行くでー。
   昼下がりの銀行。
   怪しげな格好をしたジョニーは、受付嬢のキャサリンに名前を呼ばれる。」

好恵「熊野さーん。」

春美「(顔をしかめてこらえている)・・・」

洋子「春美ちゃん、我慢や。
   我慢するんやで・・・
   ジョニーは無言で窓口にやって来ると、懐から拳銃を出した。」

春美「手を上げろー。
   金を出せー。」

洋子「はい、キャサリン手え上げて。
   ジョニーも拳銃出すフリしてしゃべりい。」

春美「手を上げろー。
   金を出せー」

洋子「ジョニー。
   男の哀愁出してくれへんか?」

春美「手を上げろー。」

洋子「あんな、なんでそない間延びすんのや。
   もっとビシッと強盗らしゅう出来んか?」

春美「やっぱわてには男の役は無理でっせ。」

洋子「今さら何言うてんねん。
   あんたがやる言うたんやろ、ジョニーの役。」

春美「わては情熱の女ジュリアが適役やさかい。」

洋子「ジュリアでもジョニーでも似たような名前やがな。」

春美「無茶言いよるな。」

好恵「洋子ちゃん、もう手下ろしてもええかね?
   うちゃあ手が疲れたわ。」

洋子「かまへんで。
   あんたも状況見たらわかるやろに。」

好恵「うち、洋子ちゃんと違うてアホやさかい。
   それにこの頃ボケとるし・・・」

春美「お互い若い頃のようにはいかんで。」

洋子「はあ・・・」 

好恵「疲れましたな。」

春美「お茶にせえへんか?
   わてが入れて来るさかい。」

好恵「すんませんのう。」

洋子「どうせ春美ちゃんは、魂胆があるんやろ。」

春美「へえへえ、洋子ちゃんは何でもお見通しやな。」

洋子「何もなければ、あんたが自分から動くわけがない。」

好恵「相変わらず洋子ちゃんは春美ちゃんにはきついの。」

洋子「あれくらいでちょうどええねん。」

春美「好恵ちゃーん。
   あんた湯わかしとったんかー?」

好恵「すまんなー。
   すっかり忘れとったわー。」

洋子「好恵ちゃん。
   あんた・・・」

好恵「うちホンマは全然覚えとらへん。
   湯なんかわかしたかねえ?」

洋子「ごめんな。
   うちも気を付けとらな、あかんかったのにな。」

好恵「やめてよ。
   何で洋子ちゃんが謝るん?」

     春美がお盆の上に湯飲み2つ、缶ビール1本、菓子折1つを載せて戻って来る。

春美「火事になるとこやで。
   電動ポットにしとるんやから、湯はわかさんでええんやに。」

好恵「すまんなあ。
   どうもここ来ると湯をわかすのがくせになっとるみたいで・・・」

春美「いや、いっつもあんたにはねまかしとったわてらもいけんのやがな・・・
   それから、この菓子折もあんたのやろ?」   

好恵「そうや。それも忘れとったわ。」

春美「そうやろ思て、茶と一緒に持って来たで。」

洋子「春美ちゃん、ちゃっかりしとるな。」

好恵「珍しやろ?」

春美「もみじまんじゅうでっか?」

洋子「うちらに気い使わんでもええのに。」

春美「菓子ならまだ買い置きがあるはずや。」

好恵「孫息子が戻って来ての。
   土産や言うて。」

洋子「春美ちゃん。
   昼間っから飲むんね?」

春美「はあ先は長うないんやさかい、好きなもん食べて飲まにゃ損でっせ。」

好恵「そうやねえ。
   人間死ぬときゃ呆気ないもんやからね。」

春美「そやろ?」

     老女たちお茶やビールを飲み、まんじゅうをつまみながら

洋子「お孫さん言うて?」

好恵「ああ。
   ケンジの方よね。」

春美「広島へ出とられてんかいな?」

好恵「いやいや広島へ出とるのはカズシや。
   ケンジは大阪やわ。
   ありゃ?
   どっちでしたかの、洋子ちゃん?」

洋子「もみじまんじゅうは広島やろな。」

春美「洋子ちゃんとこはどうやったかいな?」

洋子「うちとこは女の子ばかりやさかいな。
   一番上のが高校生やし、皆熊ノ井におりますで。」

好恵「春美ちゃんとこもお孫さんがこっちにおって、ええね。」

春美「龍太郎やで?
   あがなボンクラおってもらわんでええがな。」

好恵「そら贅沢言うもんよ。
   男の子はたいていよそに出て帰って来えへんのに。」

洋子「そうそう。
   うちとこは本家やさかい、男の子が欲しいんやけどな。」

春美「ムコ養子もらやあ、ええやろ。あんたとこは、山持っとってんやさかい・・・」

洋子「熊が出るような山ん中に来てくれる物好きは、なかなかおらへんからなあ。」

春美「それにあんたとこのサキちゃんはごっつう別嬪さんやからな。
   あんたとちごうて。」

洋子「余計なお世話や。」

好恵「お互いうまくいかんもんやね。」

春美「まあ年寄りが気を揉んでもしょうがないがの。」

洋子「そらそやな。」

     好恵と洋子は茶をすすり、春美は缶ビールを豪快にあおる

春美「ぷはあ。」 

好恵「年々さびしゅうなりますの。」

洋子「若い衆は皆出てくからの。」

好恵「そやから春美ちゃんとこの龍太郎君はええんよね。」

春美「そうは言うても、悪さばっかりする子やさかいな・・・」

好恵「はあ落ちついとってんでしょう?役場に勤めとられるんやし。」

春美「高校も出とらんのに・・・
   まあ、ここだけの話やけど、うちのお父ちゃん役場には多少顔が利くさかい、かなり無理お願いしてなあ・・・
  (指で輪を作って見せる)」

洋子「多かれ少なかれ皆やっとることやからな。」

好恵「それにそろそろ生まれてんでしょう?
   春美ちゃん、初ひ孫やないの。」

春美「それやがな。
   全く結婚もせんこうにはらませよって、えらい恥さらしや。
   先方さんの親も怒鳴り込んで来よってな・・・」

洋子「ちゃんと責任とったんやから、立派なもんや。」

好恵「若いんやから、いろいろあるよね。
   おかげで熊ノ井に残ってくれるんやしね。」

洋子「まあ龍太郎も、子供が出来りゃあそうそう悪さも出来んやろうしな。」

春美「そうならええんですがの。」

好恵「ジョニーさんかて、昔は悪かったやないね。」

春美「まあなあ。」

洋子「今やから言うけど、うちゃあ、昔ジョニーさんに、その、されたことがあってな。」

春美「あんたも急に凄いこと言わはるな。」

好恵「洋子ちゃん、何されたって?」

洋子「何をて・・・
   キッスやがな。
   言わさんといて、こっぱずかしい。」

春美「あんたが勝手に言い出したんやがな・・・
   何やキッスかいな、つまらん。」

洋子「何やと思たねん?」

春美「そらあれに決まっとろうが。」

洋子「恥ずかしいこと言うオバンやな、年甲斐もない。」

春美「何やて!」

好恵「まあまあ。
   うち、あんたらが何でけんかしとるんか、ようわからん。」

洋子「けんかやおまへんで。」

春美「まあ、コミミケーションちゅうやつやな。」

洋子「それを言うならコミュニケーションやろ。
   耳がこまいんか、このドアホ!」

春美「ツバ飛ばさんといてくれるか?
   入れ歯がくさいからな。」

好恵「まああんたらホンマに仲がええな。」

洋子「それは違うで!」春美「それは違うで!」

好恵「息までピッタリやがな。」

     皆笑っている

春美「何の話やったかな?」

好恵「洋子ちゃんが、ジョニーさんにキッスされた話や。」

春美「そやったな。」

好恵「せやけど、うちもされた覚えがあるわあ。」

洋子「あんたもか?
   まあ、ジョニーさん、熊ノ井の種馬と言われとったからなあ・・・」

春美「わては何もされた覚えがないがの。」

洋子「ジョニーさんは面食いやったからな。」

春美「どういう意味や!」

好恵「洋子ちゃん、ジョニーさんは面食いやないよ。あんたにも手え出したんやろ。」

洋子「あんたも意外ときついこと言うな・・・」

春美「わてだけ仲間外れかいな。
   何ぞおもろないな。」

洋子「春美ちゃんは、はように結婚しとったからよね。」

好恵「そうやね。
   なんぼジョニーさんでも、人妻じゃあ・・・
   ありゃ?」

春美「どないした?」

好恵「うちゃあ、あの時結婚しとったような・・・」

春美「それはないで。
   さすがに。」

洋子「好恵ちゃんは、この頃よう物を忘れてやさかい・・・」

好恵「ジョニーさん・・・
   ええ男やったねえ・・・」

洋子「年を重ねるたびに渋味が増してなあ。」

春美「確かにこの頃じゃ渋過ぎてどくだみ茶並みになっとったな。」

好恵「もうああいう人は出んやろねえ。」

春美「せやから、わてにはジョニーさんの替わりは勤まらんと思うねん。」

洋子「ジョニーさんがおっちゃったらのう・・・」

好恵「ジョニーさんのおられん劇団熊ノ井じゃねえ・・・」

春美「ちょっとあんたら、何暗うなってんのや。
   うちが悪いんか?」

好恵「ごめんな春美ちゃん。
   せやないで。」

洋子「ジョニーさんの穴は大きい、思てな。」

春美「劇団熊ノ井のオードリーやキャサリンが、そないな弱気でどうすんねん。
   わても、このジュリアも頑張ってジョニーさんの役を埋めるさかい、あんたらも踏ん張るんや。」  

洋子「その通りや。
   春美ちゃんも、まれにはええこと言うやないの。」

春美「まれは余計やで。」

好恵「ジョニーさんが安心して成仏出来るよう、この公演は成功させなあかんね。」

洋子「それじゃ腹もふくれたとこで、もう一踏ん張りといきますかの。」

好恵「うちゃあ、又手上げるんね?」

洋子「まあ無理はせん程度にな。」

春美「用意出来ましたで。」

洋子「じゃいくで。
   昼下がりの銀行。
   怪しげな格好をしたジョニーは受付嬢のキャサリンに名前を呼ばれる。」

春美「ああ、ちょっと待った。」

洋子「何やねん。」

春美「その怪しげな格好ちゅうのは、どがいな格好ね?」

洋子「今気にせんでもええがな。」

春美「そうは言うても気になるで。」

好恵「そうそう。
   うちも気になるわ。」

洋子「そらやっぱ銀行強盗らしい格好やな。」

春美「強盗らしい格好て?」

洋子「顔知られへんように、あれかぶるとか。」

春美「あれて何やねん?」

洋子「せやから女のパンストとかや。」

好恵「そらおもろそうやね。」

春美「わては嫌やで。
   それじゃジョニーはシブイ男やのうて、変態になってまうがな。」

好恵「うちはおもろい思うけどな。」

春美「人ごとやと思うとるな。」

洋子「春美ちゃん。
   試しにかぶってみてくれへんか?
   何なら私の貸したげるさかい。」

春美「いらん、て。」

好恵「うちのがええ?」

春美「そういう問題やない!」

洋子「春美ちゃんは遠慮しいやな。」

春美「とにかくあんたらのパンストかぶるんやったら、わてはこの役おろさせてもらうわ。」

好恵「さよか。」

洋子「残念やな。
   かぶるんが嫌やったら、どないしょ?」

春美「グラサンがええと思うんやがな。」

好恵「うちもそう思ようったんよ。
   ホレ、あの、何やったかいね、ジョニーさんがしとっちゃったんは・・・」

春美「ああ、あれや。
   港の若大将ジョニーやろ。」

好恵「そうそう。
   あん時のジョニーさんはカッコえかったさかいな。」

洋子「ジョニーの子守歌でもしとられたな。
   そう言や確かこん中に・・・
  (戸棚を調べる)おお、あったあった。」

好恵「ジョニーさんが置いとっちゃったんかね?」

洋子「そらま、あん歳でこのグラサンしとったらアブナイ爺さんやからな。
   逮捕されかねんで。」

春美「パンストよりはましやと思うで。」

好恵「春美ちゃん、掛けてみはったら?」

洋子「・・・こらまた、ごっつう似合わへんなあ・・・」

春美「目の前が暗いで。」

好恵「そういうもんやさかい。」

洋子「外しとき。
   本番だけでええわ。」

     春美、サングラスを外すとハリボテの熊に掛ける。
     熊はさりげなくポーズをとっている。

洋子「まだこっちの方が似合うとるな。」

春美「わてはハリボテ以下かいな。」

好恵「ええわあ。
   さすがはジョニーやわ。」

春美「誰や、ハリボテの熊にまでジョニーと名前付けたんは?」

洋子「もうええか?
   はよ次いきたいんやがな。」

春美「待ってえな。
   ほかの衣装はどうなるんかいの。
   わてはこげな服しか持っとらんで。」

洋子「さすがにアッパッパーじゃまずいで。
   そら格好を気にせえへん小汚い婆さんの着る服や。」

春美「今度は小汚い婆さんか?
   たいがいにしいや。」

洋子「こら口が滑ったの。」

好恵「まあうちら皆小汚い婆さんよね。」

春美「好恵ちゃんにそう言われたら仕方ないの。
   まあ息子に何か借りて着ますわ。」

洋子「そうしい。」

好恵「うちの服はどうなるんね?」

洋子「キャサリンは制服やろ。」  

好恵「制服、言うて・・・」

春美「高校を出たて、言う設定やから、セーラー服とかでもええんと違うか?」

好恵「ちょっと待ってな・・・
   そう言やうちの孫娘に中学生がおったような・・・」

洋子「あんたとこは男の孫しかおらんがね。」

好恵「おお、そやった。
   ありゃ娘でしたわ。」

春美「そら一体何十年前の話かいの。」

洋子「キャサリンの制服はな、うちとこの嫁が熊銀に勤めとるから借りたげるよ。」

好恵「洋子ちゃんとこの嫁は細かろう?
   うち、服が入るかねえ?」

春美「そらパンストをかぶるくらい、きつそうやな。」

洋子「今衣装のことあれこれ言うたかてラチが開かんさかい、次行かしてんか?」

春美「どっからかいの?」

洋子「キャサリンがジョニーを呼ぶとこからや。」

春美「よっしゃ、行きましょかい。」

洋子「キャサリン。」

好恵「熊野さーん。」

春美「ほいほいー。」

洋子「あんたなあ・・・」

春美「わてのことは気にせんといてんか。」

洋子「しゃあないな。
   次行くで。
   ジョニーは無言で窓口にやって来ると、懐から拳銃を出した。」

春美「手を上げろ。
   金を出せ。」

洋子「やっぱいまいち迫力が出まへんな。」

春美「そう言われてものう。」

好恵「春美ちゃんやったら、普段通りでええのと違う?」

洋子「そらあかん。
   ジョニーがオバタリアンになってまうがな。」

春美「どないせえっちゅうねん。」

好恵「ホンマに拳銃でも出せば違うんでしょうがの。」

洋子「それや。」

好恵「へえ?」

洋子「小道具を使うて迫力を出すんや。」

春美「洋子ちゃん、拳銃なんぞ持っとるの?」

洋子「まさか。
   うちとこやーさんやおまへんで。」

春美「似たようなもんやがな。」

洋子「何でやねん!。」

好恵「猟銃なら、うちとこあるよ。」

洋子「どこぞの世界に、猟銃かついで銀行強盗に行く間抜けがおるかいな。」

好恵「春美ちゃんなら、やってもおかしゅうないで。」

春美「あんなあ。
   わてやのうてジョニーやで。」

洋子「とにかく強盗が猟銃かついどったらアホ丸出しや。
   凶器は懐に隠し持たなあかん。」

春美「怪しまれんようにな。」 

好恵「パンストかぶっとるのは、もっと怪しいよ。」

春美「パンストから離れんかい!」

洋子「第一猟銃は暴発でもしたら危のうてかなわん。
   ここは刃物で行きまっせ。」

春美「刃物でっか?」

好恵「台所に何かあったよ。」

洋子「好恵ちゃん、持って来てくれへんか?」

好恵「はいよ。」

春美「これで少しは強盗らしゅうなるかの?」

洋子「そらま、あんた次第やな。」

春美「やったことないから、むつかしいで。」

洋子「当たり前やがな。」

好恵「こんなんしかありませんでしたで。」

春美「果物ナイフでっか?」

洋子「えらいさびついとるの。」

好恵「こらちょっと切れまへんな。」

春美「切れんでもええがな。
   下手に切れたら懐に入れるのが怖い。」

好恵「春美ちゃん、ぶきっちょやからね。」

洋子「ちょっとやってみてえな。」

春美「こら凄いな、金属面が見えへん・・・
   何とも辛気くさい強盗やで・・・」

洋子「キャサリン、ジョニーを呼ぶとこから。」

好恵「熊野さーん。」

春美「へえへえ、ここにおりまっせ。」

洋子「ジョニーは無言で窓口にやって来ると、懐から拳銃・・・
   やなかった、ええと、刃物を出した。」

春美「手をあげろ!
   金を出せ!」

洋子「だいぶサマになって来たやないか。
   刃物を持つと違うな。」

春美「そらどうも。
   うちでなれとるさかい。」

好恵「かわいそうやな、あんたとこのお父ちゃん・・・」

洋子「今度はキャサリンがあかんな。」

好恵「うち、ちゃんと手上げたよ。」

洋子「強盗やで。
   それなりのリアクションせな。
   キャーとか、アーレーとか。」

好恵「そら又恥ずかしいな。」

洋子「あんた、キャサリンは花も恥じらうはたち前の乙女やで。
   キャーの1つくらい言えんでどないするんや。」

春美「役に成り切れ、言うたんは好恵ちゃんやで。」

好恵「わかった、やってみるわ。
   あのギターを抱いた暴れん坊ジョニーの時みたいにすればええんやね。」

洋子「そうや。
   それでこそ我が劇団の看板女優キャサリンやで。」

春美「ちょっとええでっか?」

洋子「今度は何や?」

春美「洋子ちゃんはどういう役ね?」

洋子「うちか?
   うちはジョニーの恋人か、又は1人娘のオードリーですわ。」

春美「そらあんた欲張りや。
   どっちかにせな。」

好恵「そういう問題やおまへんで。」

洋子「当分出てけえへんから、おいおいどっちかに決めさせてもらいますわ。
   どっちにしても、ジョニーは最愛のオードリーのために、やむにやまれず銀行強盗してまうんや。」

好恵「何ぞ理由でもありますのか?」

洋子「知らんがな。
   ジョニーに聞いてや。」

春美「そな無茶な・・・」

洋子「役づくりはキャストに任しとるんやから。」

春美「恋人か娘かくらい、決めてえな。」

洋子「どっちがええ?
   うちが恋人なるんと、娘になるんと。」

春美「どっちも嫌や。」

好恵「ねえうちは?
   キャサリンはジョニーとどういう関係やの?」

洋子「そらあんた、行きずりの関係や。」

好恵「行きずり・・・
   ええ言葉やね・・・」

春美「何を想像たくましゅうしてんねん。
   あんたはたまたまジョニーの押し入った銀行の受付嬢言うだけで、ジョニーとは赤の他人や。」

好恵「そんなんつまらへんわ。
   行きずりの関係になってえな。」

春美「どういう関係やねん。」

好恵「オードリーと三角関係っちゅうのはどうね?」

洋子「ちょっと待って!
   そらいくらなんでも話がまとまらんわ。」

好恵「一目惚れした、言うことでええやないの。」

洋子「強盗に入ってか?」

春美「第一あんたに一目惚れはせえへん。
   わてかて選ぶ権利がある。」

好恵「ホンマにうちに惚れんでもええんよ。」

春美「気色悪いこと言わんといて。」

洋子「まあ、それもおいおい考えますよってに。
   人数少ないと話考えるのも一苦労なんや。」

春美「やっぱりジョニーさんの穴は大きいなあ・・・。」

好恵「何でコロッと逝っちゃったんかねえ。
   あないピンピンしとられとったのに・・・」

哲哉「ごめんくださーい。」

春美「はあい。」

洋子「珍しなあ。
   老人集会所に何の用やろ?」

好恵「うちが出て来るわ。」
     好恵が部屋を出ようとすると、若い男が入って来る。
     鹿川哲哉である。

哲哉「ごめんください。」

好恵「はい。」

哲哉「あの、こちらには今皆さんだけですか?」

好恵「ほうですな。」

哲哉「て、て、手を上げろ!」

洋子「こらホンマもんやで。」

好恵「え、嘘や。」

春美「兄ちゃん、何手に持ってんねん?」

哲哉「え?
   包丁ですけど。」

春美「聞いたか?
   やっぱ本物やで。」

好恵「えっと・・・」

洋子「兄ちゃん、そこの婆さんな、ボケかけとるさかい、もっぺん言うた方がええで。」

哲哉「えっ?」

春美「手を上げろ、やろ。
   兄ちゃんもボケとるんか?」

哲哉「すいません、手を上げてもらえませんか。」

洋子「キャサリン!」

好恵「キャーッ!
   わ、わ、私には将来を誓い合ったお人が・・・
   アーレー!
   お、お、お許しを・・・」

春美「好恵ちゃん。
   強盗はんが困っとられるで。」

哲哉「強盗?」

洋子「皆さん。
   ちゃんと手え上げとらんと刺されまっせ。
   なあ、強盗はん?」

哲哉「あ、あの、僕強盗じゃありませんので、手下げてもらって構いませんよ。」

春美「何や兄ちゃん。
   強盗と違うんか。」

洋子「おかしい思たで。
   ここは老人集会所やさかい。」

春美「強盗にしてはへなちょこやしな。」

哲哉「ど、どうもお騒がせしました。」

好恵「何やもう帰ってんか?」

洋子「待ちんさい。」

哲哉「あ、いえ・・・」

洋子「待ちんさい、言うとるやろ。
   まあ、そこに座りいな。」

哲哉「僕、用事が・・・」

洋子「ちょっと、帰さんといてや。」

春美と好恵、哲哉を無理矢理座らせる。

洋子「兄ちゃん、あんた見えすいたウソついたらあかんで。」

哲哉「すいません。」

春美「ええ若い衆が昼日中に何さらしとんねん?」

好恵「何ぞわけありなんと違いますか?」

哲哉「あ、いえ、さっきのはただの冗談です。」

洋子「ウソついたらあかん、言うたやろ!」

哲哉「すいません。」

洋子「あんたちょっとええか?
   覚悟して聞きいや。」

哲哉「な、何でしょうか?」

洋子「言いづらいことなんやが、ここで会うたのも何かの縁や。
   手遅れにならんうちに教えたげるさかいにな。
   心の準備はええか?
   兄ちゃん。」

哲哉「え?いや、あの・・・」

春美「また始まったの・・・」

好恵「しーっ・・・」

洋子「外野はうるさいで!
   兄ちゃん、あんた死後の霊魂とか信じる方でっか?」

哲哉「・・・どちらかと言えば、はい。」

洋子「あんたが入って来たとき、すぐ気づいたんやがな、あんた今とてつもない邪悪なオーラに包ま
  れとりまんな。」

哲哉「え?」

洋子「あんたヤバイで。
   ホレ、そっちの肩の上におるのがわからんか?」

哲哉「な、何ですか、一体?・・・」

洋子「あんた見えへんのやな?」

春美「兄ちゃん。
   冗談や思たらあかんで。
   この人見えるんやさかいな。」

洋子「角生やして黄土色した不細工な鬼みたいのが、歯剥き出して笑うとる。
   こりゃ邪鬼やな。」

哲哉「じゃ、邪鬼ですか?」

洋子「地獄の悪霊の一種や・・・」

哲哉「(肩をはたきながら)ぼ、僕、どうしたらええんでしょうか?」

洋子「無駄やで兄ちゃん。
   下手にあがくと噛みつかれんで。
   そしたら生気をゴッソリ抜かれるな・・・    」

哲哉「何とかならないんでしょうか・・・」
PR

チチ、カエラヌ

「チチ、カエラヌ」  ゴルゴ40(フォーティー)作


【登場人物】♂澤田慎司(さわだ・しんじ)・・・父。

      ♀澤田真理(さわだ・まり)・・・・母。
      
      ♀澤田由紀(さわだ・ゆき)・・・・長女。短大を卒業してフリーター。
     
      ♀澤田彩 (さわだ。あや)・・・・次女。高校2年生。


     父の久しぶりの休日。
     澤田家は一家で遊園地に行った帰りの車中である。
     父の慎司が運転。
     母の真理は助手席。
     2人の娘、由紀(高校生)と彩(中学生)は後部座席である。

由紀「あーあ、つまんなかった。」

真理「由紀!」

慎司「そ、そうか・・・
   そうかと言えば・・・」

由紀「草加せんべいって言ったら怒るぞ。」

慎司「いやいや・・・
   そうかと言えば池田大作。」

彩 「誰それ?」

慎司「創価学会。
   ははは。」

由紀「つまらん。」

彩 「てゆーか、意味不明ー。」

由紀「やっぱ来るんじゃなかった。」

真理「お父さんがせっかく休みに連れてってくれたんだから。」

由紀「だから遊園地なんか行きたくねえって言っただろ!」

慎司「昔はよく父さんと一緒にコーヒーカップに乗ったもんだけどな。」

由紀「あんなー。
   女子高生が親父とんなもん乗って喜ぶかよ。」

真理「彩ちゃんは楽しかったよね?
   前から楽しみにしてたもんね。」

彩 「何か人が多くてつまんなかった。」

慎司「そう言や彩と一緒にメリーゴーランドにも乗らなかったな。」

彩 「えー、やだよ。
   子供じゃないのに。」

真理「まだ子供じゃないの。」

彩 「今度たーくんと一緒に乗るよ。」

慎司「たーくん?」

由紀「彼氏。」

慎司「ほう・・・
   彩はお姉ちゃんより先に彼氏が出来たか。」

由紀「余計なお世話。」

慎司「今度連れて来なさい。
   父さんが見てあげるから。」

彩 「バーカ。」

真理「彩!」

慎司「あや~。」

真理「お父さんもくだらない事言ってないで、しっかり運転してよ。」

慎司「おっと!」

     乱暴な運転で女たち悲鳴を上げる。

慎司「あなたはツマで、私はオット。」

由紀「最低。」

真理「急になんてことするんですか!」

慎司「いや、犬が一匹横切ってな。
   何しろ犬が、一匹だけに・・・」

由紀「ワンとか言ったら殺す。」

慎司「いやー、由紀は鋭いな。
   さすがは父さんの娘だ。」

由紀「早く縁切りてーよ。」

真理「なんてこと言うんですか!」

彩 「ねえ、まだー?
   ここ、どこー?」

慎司「由紀は父さんが嫌いか?」

由紀「当たりめーだろ。」

真理「由紀!」

彩 「テレビ始まっちゃうよ。」

由紀「あーあ、やっぱ彼氏とデートでもするんだった。」

真理「そういう事は彼氏を作ってから言いなさい。」

慎司「早く嫁に行ったらどうだ?
   父さんと別れられるぞ。」

真理「冗談はやめてよ。
   まだ高校生なのに。」

彩 「お姉ちゃん、いい加減彼氏くらい作ったら?」

真理「あなたは早過ぎるの!」

彩 「普通でしょ。中学生だもん。」

真理「どうして兄弟でこう違うんでしょうね。」

由紀「アタシは結婚なんかしねーから。」

彩 「相手がいなきゃ出来ないよねー。」

由紀「あんだとー?」

彩 「悔しかったら彼氏連れて来てよ。」

真理「あーもう、やめなさい!」

由紀「アタシはね、結婚して母さんみたいになりたくねーの。」

彩 「なるほど。」

慎司「ずいぶん遠回しなイヤミだな。」

真理「遠回しじゃないわよ。」

由紀「さっきからさ、何か遠回りしてね?」

真理「お父さん、どこ走ってるの?」

慎司「あや~。さっきの道は右だったか。」

真理「迷った?」

慎司「ま、何とかなるさ。」

由紀「こいつやっぱサイテー。」

彩 「もう!
   録画予約してないのに。」

     女たち、わざとらしく大きなアクビをする。慎司もつられるようにアクビするが

真理「お父さん、しっかりしてよ。」

慎司「このところ、残業が続いてるからな。」

真理「子供たち寝ちゃいましたよ。」

慎司「・・・この子たち、もう遊園地じゃ喜ばないか。」

真理「何?
   今頃気付いたの?」

慎司「早く言ってくれよ。」

真理「いいのよ。
   どこ行ったって文句言うに決まってるんだから。」

慎司「そういうもんか。」

真理「女の子は、お父さんを煙たがるもんだから。」

慎司「母さん見てればよくわかるよ。」

真理「それにしても彩には困ったもんね。」

慎司「何かあったのか?」

真理「いっちょ前に色気づいちゃって。」

慎司「ああ。
   密林の王者か。」

真理「はあ?」

慎司「ターザンだっけ?」

真理「たーくんよ!」

慎司「彩に言ったら怒るだろうな。」

真理「お父さん、会社で若い子にしょーもないこと言ってないでしょうね。」

慎司「やっぱりまあ・・・
   コミュニケーション取らないといけないと思ってな。」

真理「やめてよ。
   ただでさえうっとうしいタイプなんだから。」

慎司「はあ・・・
   そろそろ運転変わってくれないか・・・
   母さん?」

真理「家に着いたら起こしてね。」

慎司「おい!」

     真理も寝てしまう。再び大きなため息をつく慎司。

慎司「ここで事故ったら、家族4人であの世行きか・・・」

真理「・・・やめてよ、はげ・・・」

     慎司、ギクッとして最近気になっている後頭部を触る。

真理「・・・タッキー・・・」

慎司「寝言か・・・」

     もう寝言はおさまり、ふと横を見るとだらしなく寝ている妻の寝顔を見て、やれやれと思いながら悪い気はしない心優しい慎司。
     バックミラー越しの娘2人の寝姿に、慎司は1人疲れを振り払って頑張るのだった。

慎司「よおし!」

     暗転し明かりが入ると、数年後の澤田家。
     和室の居間である。
     秋の夕方の暮れ始めの頃。
     中央に小さなテーブルがあり、由紀がだらしない格好で菓子をつまみながらテレビを見ている。
     時々お尻をポリポリ掻いたりしている。
     相変わらず彼氏はいないが、いたとしたら見せられない格好である。
     百年の恋も冷めるとはこのことかと言うようなだらしのなさ。
     もちろん色気のイの字も感じさせない。
     そこへ高校生になった彩が学校から帰って来る。

彩 「ただいまー。」

     制服を着崩した彩が部屋に入って来る。

由紀「おう。
   帰って来たか、この不良娘。」

彩 「プー太郎が何言ってんだか。」

由紀「好きでプーやってんじゃねーよ。」

彩 「いいご身分だこと。
   母さんは?」

由紀「知らねーよ。
   アタシが帰った時にはいなかった。
   どーせ、買い物行って油売ってんだろ?」

彩 「買い物ねえ・・・」

由紀「お前、今日食事当番だからな。」

彩 「お姉ちゃん、死ぬほどヒマそうじゃん。
   晩飯くらい作ってよ。」

由紀「じゃあ5千円。」

彩 「はあ?」

由紀「じゃ3千円・・・
   よし2千円で手を打とうか。」

     その時慎司が帰って来るが、娘2人は完全無視。
                      
由紀「こないだ仕事やめたから厳しいんだよ。」 慎司「おーい、帰ったぞー。
                          誰もいないのかー。
彩 「私だって持ってないよ。」           母さーん。
                          由紀ー。
由紀「ウソつけ。」                 彩ー。」         

     慎司が入って来るが、ホームウェアである。
                       
彩 「持ってないってば。」           

慎司「何だ2人ともいたのか。」

由紀「お前バイトで稼いでるだろ?」       

慎司「お、おい・・・」

彩 「お姉ちゃんが仕事やめるのが悪いんじゃん。」

慎司「バイトなんて聞いてないぞ!」

由紀「しょーがねえんだよ。
   店長の野郎がセクハラして来るんだから。」

慎司「何い!」

彩 「おうおう、見栄張っちゃって。」

慎司「一体、何をされたんだ!」

由紀「いや、まあ・・・」

彩 「化粧くらいして行きなよ。
   セクハラもされない女だからクビになるんだよ。」

慎司「いかん。
   つい納得してしまった・・・」

由紀「お前なあ・・・
   いつまで女を武器に世の中渡っていけると思ってんだよ!」

彩 「ほう・・・
   女を捨てたお姉ちゃんに、何がわかるって言うのかしら?」

     彩ポーズをとっている。

由紀「何だってえ!
   そんなカッコで、男に媚び売りやがって!」

慎司「何だか凄いことになって来たな・・・」

慎司、娘2人の殺気に押されて少し場を離れる。

彩 「悔しかったら、セクハラの1つもされてみなさいよ!」

慎司「されなくていいよ。」

由紀「言わせておけば・・・
   オメーなんかが稼げるのは、女子高生のうちだけなんだからな。」

慎司「一体どういうバイトなんだ?」

彩 「お姉ちゃん、セーラー服なんかもう着れないでしょ!
   この年増!」

由紀「セーラー服くらい着てやるよ!
   オラ脱げっ!」

     彩に襲いかかる由紀。
     慎司はオドオドと遠巻きで声を掛ける。

慎司「お、おい、やめなさい!・・・
   やめな・・・」

     由紀と彩がもみ合っていると、間抜けな声が聞こえる。

真理「ただいまー。」

3人「か、母さん・・・」

     40代後半という年齢からすると、明らかに無理のある真理の若作りの服装に凍り付く3人。

真理「あら、どうしたの、みんな?
   豆が鳩鉄砲喰らったような顔しちゃって。」

慎司「母さん、それ逆だ・・・」

由紀「どこ行ってたの?」

真理「お買い物よ、晩ご飯の。」

彩 「その格好で?」

真理「地味過ぎたかしらね。」

由紀「ちょ、ちょっと、めまいが・・・」

慎司「私もだ・・・」

真理「彩ちゃん、今日当番でしょ。
   早く着替えて来なさいよ。」

彩 「えー?
   今晩バイトなのに。」

慎司「だからどういうバイトなんだよ!」

真理「行くとき又着替えりゃいいじゃない。」

慎司「お、おい、認めてるのか?」

彩 「メンドクサー。」

真理「汚しちゃダメでしょ。」

由紀「ぶつくさ言ってねえで、早いとこ着替えて来な。」

彩 「はいはい。」

慎司「お、おい、彩・・・」

     彩がまるで慎司の存在を意識していないかのようにスカートをバタバタさせてから出て行ったので、ショックを受けている慎司。

由紀「おうおう、スカート短くして。」

真理「若いっていいわよねえ。」

由紀「そら違うだろ。」

慎司「そうだよ。」

真理「母さんも、もっと短くしてみようかしら。」

     真理、ポーズを取っている。
     さらに強烈にショックを受ける慎司。

由紀「歳考えろよ。」

真理「由紀ちゃんももっと若い子の格好しなきゃ。」

由紀「十分若い格好だろ。」

真理「だらしないだけじゃない!」

由紀「家ん中まで気い使ってらんねえって。」

真理「どうしてあんたはそうなのかしらね。
   お父さんがいたら、何て言うか・・・」

慎司「お、おい!ここにいるよ。」

由紀「死んだ人の話されてもな。」

     ガーンというなるべくチープな効果音。
     (又は慎司が自分で「ガーン」と言う。情けないけど。)
     由紀と真理はストップモーション。

慎司「落ち着け!
   おい、落ち着くんだよ、澤田慎司52歳妻子アリ・・・
  (軽いノリで)そっか・・・
   そうだよな、何だ・・・
   俺って死んでたんだよ、はは。」

     明かりが落ちて読経の声が聞こえる。
     再び明るくなると、慎司は離れた所で大きな木わくの中に、まるで遺影のように立っている。
     以後慎司はわくの中で演技するが、その声は生きた者には聞こえない。

由紀「もうすぐ49日だね。」

真理「へえ、由紀ちゃんでもそんな事気にするんだ。」

由紀「そりゃまあ・・・」

真理「何か湿っぽくていけないわね。
早いとこ供養すませて、キレイさっぱり忘れちゃいましょう。」

慎司「そんな言い方ないだろう・・・」

     ホームウェアに着替えた彩が帰って来る。
     かなり薄着である。

彩 「何?
   何の話してんの?」

慎司「お、おい・・・もうちょっと服装を考えなさい。」

由紀「もうすぐ49日だなあって。」

彩 「どーでもいいじゃん。」

慎司「よくないよ!」

真理「あんなお父さんでも、父さんには変わりないんですから。」

慎司「あんなとは何だ、あんなとは!」

由紀「母さん、何で父さんと結婚としたの?」

真理「何?急に。そんなこと聞いて・・・」

由紀「だって、よりにもよってさ・・・」

慎司「引っかかる言い方だな・・・」

真理「えっとね・・・
   やだ、照れちゃうじゃないの。」

慎司「母さん・・・」

由紀「何ブリッコしてんだか。」

彩 「金に決まってるじゃん。」

真理「ちょっと彩。」

彩 「それしか考えられない。」

由紀「そらちょっと言い過ぎだろう。」

慎司「そうだよ。」

由紀「金目当てなら、ますます父さんとは結婚しねえよ。」

慎司「おい!」

彩 「それもそうか。」

慎司「納得するなよ!」

真理「あんたたち勝手なことばかり言って。
   父さんとはそういうんじゃないの。」

慎司「そうだ。
   言ってやれ、言ってやれ。」

由紀「見合いだっけ?」

彩 「うわ、サイアクー。」

真理「早く結婚しろって親がうるさくてねえ。」

由紀「それで見合いしたんだ。」

真理「ずっと断ってたんだけどね。
   会うだけでいいからって。」

彩 「見合いって相手の写真とか見てやるんでしょ。」

真理「そうよ。」

彩 「他にいなかったの?」

真理「いい加減断り続けてたから、断り切れなくなってね・・・」

由紀「外れクジ引いちゃったか・・・」

真理「男の人は見た目じゃありません・・・」

慎司「そうだ。」

真理「・・・って、うまく親に言いくるめられてね。」

慎司「何だよ。」

真理「それに写真映りは良かったのよ、お父さん。」

彩 「そうなんだ。」

真理「会って見て愕然とした。」

由紀「断りゃ良かったのに。」

慎司「母さん?」

真理「・・・魔が差したのかしらね。」

彩 「ま、でも、結婚するならやっぱ金だよね。」

真理「生意気ばかり言ってんじゃありません。
   早く晩ご飯の支度して。」

由紀「そうそう。
   ダベッてる場合じゃねえって。」

彩 「ねえ、今日は食べに行こうよ。」

真理「うちがどういう状況かわかってるでしょうに。」

彩 「えー、お金入るんでしょ?」

由紀「どこから?」

彩 「お姉ちゃんも隠さないでよ。」

真理「何言ってるの、彩?」

彩 「もう、とぼけないでよ!
   保険金だよ、保険。
   父さん入ってたんでしょ、生命保険。」

真理「入ってたわよ。」

彩 「うわ、お父さんサマサマ~。」

由紀「何だよお前。
   あれだけ父さんのことバカにしといて、現金な奴。」

慎司「いやお前が言うなよ。」

彩 「ねえ、いくら入んの?
   1千万?
いや働き盛りだったから、もっと行くかな?」

慎司「はあ~もう世も末だな。」

彩 「母さん?」
   ねえもったいぶらないでよ。
   生命保険入ってたって、さっき言ったじゃん。」

由紀「保険下りないんだって。」

慎司「どういうことだ・・・」

彩 「え?ウソ・・・」

真理「ホント。」

彩 「冗談はその服だけにして!」

真理「母さんが何でこんな服着てるのか、わかってる?」

彩 「あ、はい!
   男を作ろうと思った。」

真理「ブーッ。
   惜しい。」

慎司「惜しいのかよ!」

由紀「あんな、彩。
   49日もまだなんだよ。」

真理「それは終わってから考えます。」

由紀「母さん、サイテー。」

慎司「死んだ奴の事は気にしなくていいよ。」

彩 「ねえ、今度はもっと若い人にしようよ。」

由紀「それは無理。」

真理「何が無理なのよ!・・・
   じゃなくて、これから仕事探さなくちゃと思ってね。」

     不自然な間

彩 「母さん、その服逆効果だと思う。」

真理「そう?
   若い子の格好の方がいいかなと思ってね。」

由紀「いや、引くってそれ、絶対。」

彩 「それで買い物行ったんだよね。
   もう、やめてよ、恥ずかしい。」

真理「あら、でも魚屋さんがサービスしてくれたわよ。
   魚見てたら、適当に何でもいいから持って帰ってくれって。」

由紀「それ追っ払われたんだよ。」

彩 「その格好でいて欲しくないよね、魚屋さんも。」

真理「嫌だ、2人とも妬かないのよ。
   母さんが魚屋さんにモテたからって。」

由彩「妬いてねーよ!」

真理「それでね、今晩面接に行くのよ。」

彩 「何だ、母さんも夜の仕事か・・・」

由紀「何考えてんだか。」

真理「やっぱり女の仕事と言ったらね・・・」

由紀「この親にしてこの子ありとはよく言ったもんだ。」

真理「由紀ちゃんがまともに働かないからでしょ!」

彩 「言われてやんの。」

由紀「うるさい!
   お前早くメシ作って来いって。」

彩 「ちょっと待って。
   保険金の話はどこ行ったの?
   何で保険金下りないのよ?」

真理「あー保険金ね、保険金・・・!!」

     突然それまで我慢していたものが爆発したかのように、髪をかきむしって暴れる真理。

真理「陰謀よ!
   これは絶対、誰かの陰謀だわ!」

彩 「母さん。」

由紀「ちょっと落ち着きなよ。」

真理「保険会社がさ、自殺だって言うのよ!」

彩 「自殺?
   あり得ないよ。
   ねえ、お姉ちゃん。」

由紀「あ、ああ・・・
   アタシちょっとトイレ。」

     由紀席を立つ。

慎司「え、俺・・・
   何で死んだんだっけ?」

真理「父さんが自殺するくらいなら、隣の犬が自殺してもおかしくないわよねえ。」

慎司「どういう意味だ?!」

彩 「そうそう。
   殺しても死なないタイプだもん。」

真理「自殺ってのは何かに悩んでの事よね?」

彩 「父さん何か悩んでた?」

真理「そりゃ、小さな悩みくらいあったでしょうけどね・・・」

慎司「自殺じゃないぞ、自殺じゃ・・・」

彩 「こんなかわいい妻と娘に囲まれて。」

真理「幸せいっぱいだったわよね?」

慎司「どこからその自信が来るんだ?」

真理「わかった。
   彩ちゃんと由紀ちゃんが原因ね。」

彩 「はあ?
   この、キュートで、プリティーな、ピチピチの女子高生の私のどこが悪いっつーのよ!」

慎司「確かに頭が痛い・・・」

真理「何がキュートでピチピチですか。
   仕事帰りにキューッと一杯、おかげでおなかがビッチビチ・・・」

慎司「ははは。
   座布団1枚。」

彩 「誰が小咄やれって言ったの!
   しかも汚いって!」

真理「由紀ちゃんは由紀ちゃんで、アレだしね・・・」

由紀「アレって何だよ、アレって・・・」

     由紀が戻って来る。

彩 「父さんの自殺の原因だって。」

由紀「ああ、自殺の・・・」

彩 「母さん、私とお姉ちゃんが原因だろうって言うんだよ。
   ひどいと思わない?」

由紀「・・・父さん、自殺じゃない気がする。」

彩 「でしょ?
   私さ、あえて言えば父さんが自殺するなら原因は母さんだと思うんだ。」

真理「何てこと言うんですか!
   私はあなたたちみたいに父さんを粗末にしちゃいませんよ。」

慎司「そうかあ?」

彩 「いや考えれば考えるほど母さんが悪い気がして来た。」

真理「いいえ。
   父さんが自殺したのは、由紀ちゃんがまともに働こうとせず、彼氏を作る気配すらなく、彩ちゃんは遊びまくって高校の卒業さえ危ぶまれる上に、変なアルバイトをやっているからです!」

彩 「バイトはばれてないよ。」

由紀「父さん、知らなくて良かったかな?」

慎司「死にたくなるようなことなのか?」

彩 「自殺の原因その1。
   母さんが朝も昼も食事を作ってあげなかった。」

真理「ぎく・・・
   晩ご飯作りゃ十分でしょ。」

彩 「その2。
   しかも週に2回はコンビニ弁当。」

真理「父さん、その方が美味しいって言うから。」

彩 「あれは父さんが悪いな。」

由紀「マズくても旨いって言ってやれよな。」

慎司「俺が悪いのかよ!」

彩 「その3。
   お風呂に入る順番がいつも最後。」

真理「あんたたちも共犯でしょうに。」

由紀「そりゃそうだけど・・・
   アカが浮いててヤだから。」

彩 「その4。
   父さんのだけ洗濯物を分けていた。」

真理「バカね。
   父さんが気付いてたわけないじゃない。」

慎司「そうだったのか・・・
   ちょっとショック・・・」

彩 「その5。
   小遣いを3千円しかあげなかった。」

由紀「小学生以下だよな。」

真理「どこの家もそんなもんです。」

慎司「だんだん、自殺したくなって来たな・・・」

彩 「その6。
   父さんが隠してたエッチ本を母さんが処分してしまった。」

慎司「何で彩が知ってるんだ?」

真理「年頃の娘がいるんだから。」

由紀「んなもん、どーってことねえのに。」

彩 「そうだよ。
   カワイイもんじゃない。」

慎司「俺って、とことん情けないキャラだな・・・」

真理「わかった?
   どれもこれも自殺するようなことじゃないでしょ?
   こんなので自殺されたんじゃ、日本中のサラリーマンのお父さんは集団自殺してるわよ。」

彩 「甘いな。
   とっておきがあるんだ。 
   実は母さんが浮気をしていた。」

真理「何てこと言うんですか!」

彩 「ごめんなさい。
   冗談だから・・・」

真理「冗談でも言っていいことと悪いことがあるでしょ!
   大体ね、浮気してたってお父さんが気付くわけがないでしょう!」

     間

一同「え~!?」

真理「あ、もちろん冗談よ冗談。
   もののたとえだって。」

由紀「怪しい。」

真理「ヤーダー、何言ってんの、もう。」

彩 「その年甲斐もない不自然なブリッコ口調は何かを隠してる・・・」

真理「こんなオバサンなんか相手にされるわけがないでしょう。」

由紀「それもそっか。」

彩 「そうだよねー。」

真理「と言うことで丸くおさめましょう。」

慎司「おさめるなよ!」

由紀「母さんは浮気してないし、彩はエンコーなんかしてないってことで。」

慎司「なにい!」

彩 「してないよ。」

由紀「一件落着だな。」

慎司「してないぞ!」

真理「やっぱり父さん、どう考えても事故よね。」

彩 「父さん、屋根から飛び降りる勇気なんかある人じゃないから。」

慎司「屋根から、飛び降り?・・・そうか、だんだん思い出して来たぞ・・・」

真理「ところが保険会社は聞いてくれないのよ。
   いくら自殺なんかする人じゃないって言っても。」

彩 「まあ、2階の屋根から飛び降りりゃ自殺だと思うよね。」

真理「あの人、何か間違えて屋根に上がって滑って落ちたんです、って説明したんだけどね。」
 
彩 「屋根に上がる理由がないよね。」

真理「酔っぱらってたとか。」

彩 「父さん、お酒飲まないじゃん。」

真理「かわらの修理で。」

由紀「んなこと、今さら詮索しても仕方ねーだろ!」

彩 「何怒ってんの?
   自殺じゃないって証明出来たら、保険金下りるんだよ。」

由紀「そんなの無理に決まってんだろ!
   これだけ日がたってんのに・・・」

真理「何か証拠でもあればねえ・・・」

彩 「ねえ、第一発見者はお姉ちゃんだよね。
   何かなかったの? 
   遺書とかさ。」

真理「遺書があったら自殺でしょ。」

彩 「あ、そっか。 
   逆逆、遺書なんかいらない。」

由紀「いい加減にしろよ。 
   そんなに金が欲しいのかよ。」

彩 「お姉ちゃん?」

由紀「父さんは事故だよ。」

真理「由紀ちゃん・・・
   何か知ってるの?」

慎司「言わなくていいんだぞ、由紀。」

由紀「ああ。」

彩 「警察に言わなきゃ!」

由紀「もう遅い。」

真理「どういうこと?
   どうして黙ってたの?」

慎司「ホントにもういいんだぞ、由紀。」

由紀「あのさあ、アタシ2階に干してた洗濯物が風で屋根に落ちちゃってさ。」

彩 「何?洗濯物って?」

由紀「いや、あの、パンツだけど・・・」

真理「それで?」

由紀「恥ずかしいから取って来てって、父さんに頼んだんだ。」

彩 「よっぽど恥ずかしいパンツだったんだね。」

由紀「普通のだって!
   母さんじゃねえんだから。」

真理「それで、あの運動神経ゼロのお父さんを屋根に上がらせたって言うの?」

彩 「我慢しなよ。
   屋根に上がって落ちたんじゃシャレになんないよ。」

由紀「その場なら止めたよ!
   あの鈍い父さんに屋根に上がれなんて、マジ自殺行為だっつうの。」

真理「じゃあ、どうして・・・」

由紀「まさかホントに取りに行ってくれるなんて思わなくて・・・

慎司「当たり前じゃないか。
   かわいい娘の頼みを聞けない親がどこにいる?」

由紀「取ってくれなきゃ・・・
   口聞かねえからな・・・
   なんて言っちまった・・・」

彩 「人殺し。」

真理「彩ちゃん!」

彩 「・・・ごめんなさい。」

由紀「その通りだよな。」

真理「ホントにお父さんがパンツ取りに屋根に上がったかどうかなんてわからないんでしょう?」

由紀「間違いねーよ。
   次の日の朝だよ。
   他にどんな理由で夜中に屋根に上がったりするっつうんだよ!」

彩 「お姉ちゃん。そのパンツはどうなったの?」

由紀「父さんのそばに落ちてた。
   人が来る前に拾ったよ。」

真理「間違いない・・・か。」

由紀「ああ。
   父さんは、私のパンツ取ろうとして、足滑らせて落ちたんだよ。」

彩 「警察に言おうよ。
   このパンツが事故の証拠ですって。」

由紀「・・・恥ずかしいじゃない。」

彩 「恥ずかしがってる場合じゃないよ!」

真理「何とか事故だと証明出来れば、保険金が下りるかも知れないわね。」

彩 「ねえ、お姉ちゃん。
   大金がかかってんだよ。
   恥ずかしがってないでさ・・・」

由紀「うるさい!
   どいつもこいつも金のことばかり言いやがって!
   アタシが恥ずかしがってるのは、パンツじゃねーよ!
   父さんが、娘のパンツ取ろうとして足滑らせて落ちて死んだなんて、人から見られるのが耐えられねえんだよ!
   そんなの・・・
   丸っきし、バカじゃねえか、父さんが。
   アタシの父さんは・・・
   そんなバカじゃねーんだよ!」

慎司「いや、そんなことはないぞ。
   全く父さんらしい死に方じゃないか。」

由紀「金なんかいらねーよ!」

     声を上げて泣き始める由紀。

彩 「私晩ご飯作って来る。」

真理「母さんも手伝うわよ。」

彩 「ねえ、父さんって何が好きだったっけ?」

由紀「煮魚と納豆。」

彩 「ちょうどいいじゃん。
   さっき魚もらって来たんでしょ。
   父さんにお供え。」

真理「彩ちゃん、煮魚なんか出来る?」

彩 「母さんよりゃうまいと思う。」

由紀「納豆は?」

真理「2人とも納豆なんか食べないくせに。」

彩 「じゃ明日買ってきてよ。」

真理「はいはい。」

     彩と真理、台所へ消える。

由紀「父さん・・・ごめんなさい!」

慎司「由紀。」

由紀「父さん?」

慎司「頭を上げなさい。」

由紀「父さんの声が・・・聞こえる。」

慎司「そうか、そうか。そうかと言えば草加せんべい。」

由紀「父さんだ!」

慎司「由紀。
   もう自分を責めるのはやめなさい。」

由紀「だって・・・」

慎司「父さん、嬉しかったんだぞ。
   由紀のために死ねるなんてな。」

由紀「父さん・・・」

慎司「父さんな、由紀の父さんで本当に良かったよ。」

由紀「アタシも・・・
   アタシも、父さんの子供で良かった・・・」

慎司「由紀。
   幸せになるんだよ。
   じゃーな。」

由紀「父さん!」

     慎司は消える。
     いつの間にかテーブルに伏せて寝ていた由紀を彩が起こしている。

彩 「お姉ちゃん!・・・お姉ちゃん!」

由紀「彩?・・・あや~。」

彩 「それ、父さんの口癖だったね。」

由紀「今父さんの夢を見たよ。」

真理「彩ちゃーん。
   運ぶの手伝ってー。」

彩 「はーい。」

由紀「アタシ・・・寝てたのか。」

     真理と彩が食事を運んで来る。

彩 「こーゆー地味ーな食事って久しぶりだね。」

真理「いくら腕をふるっても、あんたたちじゃーね。」

由紀「よー言うわ。」

彩 「あのさ、これからお金のこととかヤバクない?」

真理「まあぜいたくは言ってられないわね。」

彩 「私高校やめて働くよ。」

由紀「そんなの、許さねーよ、父さんが。」

真理「由紀ちゃん・・・」

由紀「アタシ性根据えて働くからさ、お前進学しな。
   どーせ、まともに仕事なんかできゃしねーだろ。」

彩 「父さんも・・・
   そう言うかな?」

由紀「ああ。
   それから変なバイトもやめんだよ。」

彩 「うん。」

由紀「母さんも、夜の仕事は駄目だからな。」

真理「お金のこと考えるとねえ・・・」

由紀「それから再婚なんか考えたらぶっ殺すからな。
   父さんがかわいそうだからな。」

彩 「お姉ちゃんさ、良く考えて言ってるの?」

由紀「何とかなるさ。」

慎司の口調をまねる由紀がおかしくて吹き出す真理と彩。

真理「父さんの口癖ね。」

彩 「何とかなるさ、か・・・」

由紀「母さんもう歳だからさ、アタシが結婚するよ。」

彩 「はあ?」

由紀「でもって、この家に父さんみたいな男の人を連れて来る。」

真理「彼氏を作ってから言いなさいね、そういうことは。」

由紀「何とかなるさ。」

みんなで笑っていると慎司が現れる。

慎司「母さん。彩。由紀。」

女達「父さん!」

慎司「みんな、幸せになるんだよ。」

女達「ありがとう・・・父さん。」

慎司「じゃーな。」

     いつもの気楽な笑顔を満面に浮かべて女達にお別れの手を振る慎司の姿が次第に消えていき・・・
     ~おしまい~


いかがでしょうか?もし良かったら押してください。
         ↓

人気blogランキングへ 





















 











   







  






ホワイトバレンタイン

「ホワイト・バレンタイン」(原題「イワン・マトヴェ-イチ」)

               原作:チェーホフ  潤色:ゴルゴ40         

〔登場人物〕♂1名 ♀2名

♂浩一郎・・・筆名「朝霞浩一郎」。ミステリ-作家。凸凹大学文学部客員講師。

♀ 和子・・・浩一郎の妻。

♀ 政岐・・・凸凹大学文学部英文学科生。

〔背景〕20××年2月14日。
    都会の外れのちょっと高級な住宅地にある家の1室。

     家の1室である。 
     テ-ブルに座った浩一郎は、神経質に爪をかんだり、立ち上がったりしていらついている様子。
     腕時計を見て大きなため息と共にがなり立てる。

浩一郎「まったくどうなっておるのだ!
    こうなるともう、ちょっと時間に無頓着という位じゃすまされんな。
    学生という奴はこれだから困る。
    社会に出て通用せん連中ばかりじゃ。
    今日という今日はただじゃすまされんからな。」

     浩一郎は、自分の腹だちをなにかにぶちまけたい気持を感じながら、妻の部屋へ通じるドアに歩み寄りノックする。

浩一郎「和子!」

     夫の剣幕に、和子、やれやれという風な顔をドアからのぞかせる。

和子 「あなた、さっき言った通りですよ。
    今日も都合でどうしても遅れるという電話が政岐さんからございましたのよ。」

浩一郎「そんな事はもう聞いておる。
    わしが言いたいのは、自分の都合で毎日毎日遅れて来るようなアルバイトがあるか、という事じゃ。」

和子 「仕方がございませんでしょう。
    あの学生さんもお若いからいろいろおありなんでしょうからねえ。」

浩一郎「学生課の連中に厳重に文句を言っとかなきゃならんな。
    いかにアルバイトとはいえ、ちゃんとした学生を寄越して貰わねば困る、とな。
    まったくこんな無責任な話があるものか。
    アルバイトを紹介しておきながら、紹介した大学当局もどんな学生だか知らないなんて。
    あの学生の奴め、毎日判で押したように決まって二、三時間遅れてやって来おる。
    若い者ならいざ知らず、わしにとってはこの二、三時間が他人の二、三年よりもっと大切なんだ!
    あいつ、やって来てみろ、今日こそは頭から怒鳴りつけて金も払わず、たたき出してやるからな!
    ああいう不良学生になど、なんの遠慮もいるものか。」

和子 「あなたったら、毎日、ぶつぶつそんな事を言って・・・
    でも、あの学生さん遅れても毎日せっせと通って来るじゃないの。」

浩一郎「だいたい、和子、こんな詐欺みたいな話があると思うか。
    政岐というから男子学生かと思えば、やって来たのはあの小娘じゃないか。
    人を馬鹿にするにも程があるぞ。」

和子 「あら、そんな事おっしゃるのは問題でしてよ。
    あなた、いったい大学で何を教えていらっしゃるの。」

浩一郎「わしはもの書きじゃ、堅苦しい教育者とは違うぞ!
    男と女の際どい場面を書こうにもあのような女学生が相手ではやりにくくていかんわい 。」

和子 「何を言ってらっしゃるの。
    あなたのお書きになるものにそんな際どい文章なんか金輪際ありはしませんわ。
    せいぜいキスシ-ン位じゃありませんか。
    今時の女学生さんがそんなもの気にはされませんでしてよ 。」

浩一郎「わしの方が気になると言っておるのだ。
    まあいい。
    問題はあの遅刻の多さだ。
    男子学生にあんな無責任な仕事をする者はおるまいて。
    男は将来妻子を食わせてやる心構えがいるからな。」

和子 「まあ、ひどい。
    田中先生がお聞きになったら卒倒されましてよ。
    あなたがまだ売れない頃、どうやって暮らしてたかお忘れになりましたの?」

浩一郎「それとこれは別の話だ!
    お前には悪いが、ああいういい加減な女学生がおるから女全体が軽くみられるのだ。」

和子 「だけど、あなた、政岐さんが始めてやって来られた時、一目で気にいられてたじゃありませんか。
    『まるで、娘が帰って来たみたいだ』とか、年甲斐もなくはしゃいでらっしゃって。」

浩一郎「わしの見る目がなかったんじゃ。
    こんなに無責任な学生とは思いもしなかったわい。
    今日という今日は、女だからといって遠慮はしないぞ。
    いったいどういう了見でいるのか聞きただしてお払い箱にしてやるわ。」

     和子、何か思い出して自室に戻り、手に小さな箱を持って帰って来る。

和子 「お父さん、まあ、そうイライラなさらないで。
    ほら、これでもお食べになりません?」

浩一郎「なんだ、これは?」

和子 「新発売のカルシウム入りチョコレ-トですの。
    今日はバレンタインデ-ですからね、お父さんに差し上げますわ。」

浩一郎「わしが甘いものを嫌いなのを知って、どうせお前が食べるつもりで買ったんだろう?」

和子 「気持ちだけお受け取りになって。
    それではありがたくいただきますわ 。」

     浩一郎、かえってイライラし不機嫌になった様子。
     遂に玄関のベルが鳴る。
     アルバイトの政岐が息をはずませながら入ってくる。
     片手に紙袋、もう片手にはノ-ト型パソコンを重そうに下げている。
     化粧一つしていない20歳前後の女子学生で、着古した服を着ており、ズボンが擦り切れ気味なのを気にしている。
     白い息を吐きながら浩一郎の姿を認めると、彼女は、子供っぽい純粋さで一杯の微笑を浮かべて会釈し、両手の荷物をその場に下ろす。

政岐 「あ、こんにちは。
    先生、お風邪の方はもう良くなられましたか?」

     部屋の入り口に立ってにこにこ笑っている政岐に向かって、浩一郎は両手を組んで立ちあがり、ふるえ声で

浩一郎「き、君。君はいったい・・・」

     政岐は浩一郎の怒る姿を始めて見たのでびっくりして口をポカンと開けていたが、下げていた紙袋から包みを持ち出して和子に差し出し、浩一郎の言葉を無視するように言う。

政岐 「あのう、これ、先生にと思いまして持って来たんですけど・・・」

和子 「まあ、すみません。
    いったい何かしら?」

     政岐、テ-ブルの向こうで立ったまま言葉が継げずにうろたえている浩一郎を悪戯っぽく見ると、恥ずかしそうに目を伏せるようにして和子に答える。

政岐 「チョコレ-トケ-キを焼いてみたんです。
    先生は甘いものはお嫌いかもしれませんけど・・」

和子 「そんな事ありせんわ。
    きっと大喜びいたしましてよ。
    若い女性からチョコレ-トを頂く事なんて当分ございませんでしたもの。
    さ、お父さん、そんな所にでくのぼうみたいに突っ立ってらっしゃらないで、お座りになって。
    お茶でもいれて参りますからみんなで頂きましょうよ。」

     和子、自室の方へ引っ込む。 
     浩一郎、困ったような顔をして座る。
     政岐、コ-トをとり浩一郎の真向かいに座ると、包みを開けてチョコレ-トケ-キを出している。

政岐 「先生、チョコレ-トケ-キはお好きじゃありませんでしょうか?」

浩一郎「い、いや、別にそんな事はないよ。」

政岐 「でも、何だか怖いお顔をなさってますわ。」

浩一郎「そ、それはだね・・・」

政岐 「あ、そうか、義理チョコというのがお気に召されないのですね。
    でも 、先生、私これでも本を見て一生懸命作ってみたんです。
    それに今年はチョコレ-ト差し上げる方は先生だけなんですよ。」

浩一郎「ボ-イフレンドとかにあげるのではないのかね。」

政岐 「私、男の人とお付き合いした事がないんです。
    引っ込み思案だし、第一可愛くないですもんねえ。」

浩一郎「そ、そんな事はないよ。
    それは、男が悪い。
    そう、周りの男の見る目がないんだよ。」

政岐 「そうですか?」

浩一郎「そうです!
    そうに決まっておる!」

     大声にびっくりしたように早足で、和子、盆の上にティ-カップ、ケ-キナイフ、皿をのせて入ってくる。

和子 「まあ、何をそんなに大きな声出してらっしゃるの?」

     3人で紅茶を飲みながらチョコレ-トケ-キを食べる。

和子 「あら、お父さん、甘いものをそんなにお食べになるのって珍しいですわね。
    やっぱり、政岐さんから頂いたものですと、お違いになるのですね。」

政岐 「わあ、やったあ、嬉しいっ!」

     政岐、子供のように嬉しそうにはしゃぐ。
     浩一郎、黙々と食べおえてから、よそよそしく

浩一郎「まあ、頂きものだからな。
    礼儀というものだ。」

和子、食べおわったものを盆にのせて出ていく。
   政岐、ノ-ト型パソコンをテ-ブルの上にセットして仕事の準備を始める。

浩一郎「ところでね、君。
    私が言いたかったのは・・・」

     浩一郎、白いものの目立つ頭をボリボリ掻きながら思い出そうとする。

政岐 「な、なんですか?」

浩一郎「だから、チョコレ-トだの、ケ-キだのという事はどうでもいいんだ、そんな事は。」

     政岐が手を止めて露骨に悲しそうな顔をしたので、浩一郎慌てて

浩一郎「そうじゃない、チョコレ-トケ-キはおいしかったですよ。
    ただね、その、そうだ、君の方こそわかってるはずだろう?
    私に何か言わなきゃならない事があるんじゃないかね?」

政岐 「あのう・・・遅刻の事ですか?」

     浩一郎、喜んで

浩一郎「わかってるんじゃないか!」

政岐 「ごめんなさい。
    でも今日はケ-キを焼いてたもんですから。
    私って、1時間で出来る筈の事がなぜだか5時間もかかっちゃうんです・・」

浩一郎「わかっておれば、いいんだ。
    さあ、そんなに泣きそうな顔してないで、早く仕事にかかってくれないか。
    君のおかげで今月も締切ぎりぎりなんだ。
    私のたった一つの連載なのにこれ以上原稿を落とす事は出来ん。
    準備はいいかね?」

政岐 「はい、昨日の終わりの所を出しました。」

浩一郎「ええと、どこまで書いたっけね。
    ちょっと読んでもらえないか?」

政岐 「男はえんそうをふかしながら・・・」

浩一郎「ん?
    ちょっと待って。」

     浩一郎、老眼鏡を掛けて苦労しながら画面を覗きこみ

浩一郎「君、それはえんそうじゃなくて、たばこと読むんだよ。」

政岐 「男は煙草をふかしながらてん夜の、ごめんなさい、先生、この字は何ですか?」

浩一郎「それは、喧騒、だろう?まったく、これだからますます能率があがらんわけだ。
    君はそれでも文学部の学生なのか?」

政岐 「すみません、私、英文科ですから・・・」

     浩一郎、大きくため息をつく

浩一郎「わかった、わかった。
    君はキイを打ってくれるだけでいいから、画面を私に見せなさい・・・
    男は煙草をふかしながら、夜の喧騒の中に消えていった。
    で終わっていたんだったね?
    いいかい、次に行くよ。
    まず、段落を変えて・・・
    何やってるの。
    改行して一字下げて書けばいいんだよ。」

政岐 「は、はい。」

浩一郎「その頃、てん、仲代は二階堂の部屋を探っていたが、てん、そこで破かれたモスグリ-ンの制服のスカ-トが・・・」

政岐 「高校の制服って言ってもいろいろあるんですよね。
    私の田舎なんか、紺のセ-ラ-服やブレザ-しかなかったですから、こちらに来てからびっくりしましたわ。
    だって、いろんな色や形の制服を高校生が着てるんですもの。」

浩一郎「いいから、打ちなさい!
    それに何回言ったらわかるの。
    仲代は仲代達也の字だって。」

政岐 「仲代達也って誰ですか?」

浩一郎「誰でもいいよ!
    君は、私の仲代刑事シリ-ズや原宿鮫シリ-ズを読んだことはないのかね?」

     政岐、何も考えていない天使のような微笑みを見せている。
     浩一郎、頭を抱える。

浩一郎「うむ・・・
    英文科の君に聞いたのが間違いだった。
    私の作品は英訳されていないからな。
    後でいくらでも文庫本をあげるから読んで来なさい。」

政岐 「うわあ、ありがとうございます。
    本を読むなんて中学校以来ですわ。」

浩一郎「どうして君が文学部なんだ?」

政岐 「だって、ここしか入れなかったんですもの。」

浩一郎「わかった、わかった。
    頼むから、すぐ泣きそうになるのはやめてくれ。
    君の機嫌をとっているような暇はないんだから。
   (画面を覗き込んで)次に行っていいかい、ええっと、スカ-トがごみ箱の底に、あ、ごみはひらがなで頼むよ、押し込めてあるのを発見した。
    ほら、言わなくても、ここで丸が入る事くらいわかるだろう?・・・
    馬鹿、『ほら、言わなくても・・・』ってのは打たなくていいんだよ。
    ねえ、君、君は時間で雇ってるんだよ、字数じゃなくってね。
    いい加減、仕事に慣れて能率を上げてくれないか。」

政岐 「じゃあ、私がわざと時間を引き延ばしているとでも、お考えなのですか?
    私なりに一生懸命やってるのに・・・
    なんでしたら、時給を下げて頂いても結構ですけど・・・」

浩一郎「いや、問題はそんな事じゃないんだよ!
    どうしてお金の事なんか言いだすんだ?
    女の子がそんな事言うもんじゃないよ。
    いいかい、大切なのは正確さという事なんだ。
    もの書きにとっては1字1句が命なんだからね。
    君には、正確さという習慣を是非ともつけてもらわないといけないね。」

     和子、盆にたっぷり紅茶の入ったティ-サ-バ-とカルシウム入りチョコレ-トの箱、ティ-カップを2つのせて運んでくる。

和子 「お疲れ様。
    政岐さん、一段落したら少し休憩なさいませんか?」

浩一郎「おい、まだほとんど進んでないんだよ。
    それに彼女は客じゃない、仕事をしに来てるんだから・・・」

和子 「まあ、お父さん何を言ってらっしゃるの。
    朝霞浩一郎の家はそんなけちくさい家じゃありませんでしてよ。
    ささ、政岐さん、どうぞお召し上がりになって。
    なんでしたら、お父さんもいかがですか。
    気持ちが落ち着きましてよ。」

浩一郎「俺はいい。」

和子 「じゃあ、私が頂くわ。」

     和子、ゆっくりと紅茶を政岐についでやる。
     政岐は両手でぎこちなくカップを抱え、すぐに飲みはじめる。
     和子、さらに自分用のカップにも紅茶を入れると、座り込んで飲みはじめ、チョコレ-トにも手をのばす。
     紅茶がひどく熱すぎる。
     唇をやけどしないよう、政岐はちょっとずつ飲もうと努める。
     彼女はチョコレ-トを一つつまみ、さらに二つ、三つと平らげると、照れくさそうに横目で浩一郎を眺め、おずおずと四つ目の手をのばす。
     彼女は甘いものには目がないのだ。
     和子と政岐のいかにものんびりとした様子が浩一郎をいらだたせる。
     和子、紅茶を飲み終えて席を外す。
     政岐はまだ紅茶のカップを抱えている。

和子 「それでは、ごゆっくり。」

政岐 「先生、この紅茶、とってもおいしいですわ・・・」

浩一郎「早いこと頼むよ!
    時間がもったいないからね。」

政岐 「どうぞ口述なさって下さい。
    私、飲むのとキイを打つのと同時にやりますから。
    正直なところ、外は寒かったんで少し手がかじかんでたんです。」

浩一郎「そうかね?」

政岐 「ええ・・・
    今にも雪が降りそうでしたわ。
    でも、私の実家の方では2月はいつも大雪でしたけど。」

浩一郎「ほう・・・
    君はどこの出身だい?」

政岐 「新潟です。
    新潟では、3月まで雪が残ってます。
    雪ってなつかしいわ・・・」

浩一郎「まあいい。
    それはそうと、仕事に移ろうじゃないか・・・
    どこまで書いたっけね。」

政岐 「モスグリ-ンの制服のスカ-トがごみ箱の底に押し込めてあるのを発見した、まる、というところまでです。」

浩一郎「そう・・・」

     浩一郎、腰をおろして考えにふける。
     政岐は、相手が考えをまとめているのを待つ間、じっと座ったまま、まだ残っているチョコレ-トを見つめて、これ以上食べるのは下品かしらと、手を伸ばすのを迷っている。
     しかし、誘惑に負けてそろそろと手を伸ばそうとしていた時、浩一郎が口を開こうとしたので、あわてて手を引っ込める。

浩一郎「遠慮しなくていいよ。」

     政岐、にっこり笑ってチョコレ-トを一つとって食べる

浩一郎「君は甘いものが好きなのかね?」

政岐 「はい・・・
    ダイエットしなくちゃいけないんですけど。」

浩一郎「ダイエットだって?
    君はやせ過ぎてるくらいじゃないか。
    やせたい、やせたいって言うのは、若い女性の思い過ごしだね。
    男ってのは、少しぽっちゃりしたくらいの女性が好きなもんだよ。」

政岐 「いえ、私、男性に好かれたいとか、特にそんな事考えてるわけじゃないんですけど・・・」

浩一郎「君は可愛らしいんだからね。
    きっと男の人に好かれるはずだよ。」

政岐 「そうですか?」

浩一郎「そうですよ。
    大体、君はお化粧とかしないのかね。」

政岐 「ごめんなさい。
    私って、見苦しいですか?」

浩一郎「いや、いや、そうじゃないんだ。
    君はおとなしい、いい娘さんだけど、唇に紅の一つも引けば、もっと素敵に見えるってことだよ。
    ほんと、男なんてそういうので気がひかれるもんだ・・・
    待てよ、どこからだったかな。
    モスグリ-ンの制服のスカ-トがごみ箱の底に押し込めてあるのを発見した・・・
    モスグリ-ンの・・・
    モスグリ-ンの・・・
    ふむ、ところで、君の高校は、どんな制服だったのかね?」

政岐 「一番普通の紺のセ-ラ-服でしたわ。」

浩一郎「その一番普通という奴を、この頃では見かけんからなあ・・・
    君は2年生だったね。
    将来のことはどう考えているの?」

政岐 「あのう・・・
    私、もう大学やめて実家に帰ろうと思ってるんです。
    申し訳ありませんけど、このお仕事も3月いっぱいで終わらせて頂こうかと・・・」

浩一郎「何か事情があるのかね?
    せっかく慣れて来たのに、やめるなんて無責任じゃないか。」

政岐 「ごめんなさい。
    でも、今不景気だから大学出ても文学部なんて就職ないですし・・・」

浩一郎「やめたって就職出来るわけじゃないだろう?
    教養をつけるということは女性にとって大切なことですよ。」

政岐 「それは、私だって大学やめたいわけじゃないんですけど・・・
    実家が薬局なんで、帰って来て手伝えって。
    仕送りの費用も馬鹿にならないみたいですし。」

浩一郎「要するに、経済的な問題なんだね?」

政岐 「いえ、そんな・・・
    私っていつまでたっても不器用でお仕事もうまく出来ないですし、ほかの方に代わって頂いた方がって、思ったりもするんですけど。」

浩一郎「何を馬鹿なことを言ってるんだ。
    今君にやめてもらっちゃ困るんだよ。」

政岐 「で、でも・・・」

     和子、何やらうれしそうに息せき切って入って来る。

和子 「お父さん!外は凄い雪ですよ。
    この辺じゃ、珍しいわ。
    バレンタインデ-に雪なんて、とってもロマンティックですわね。」

政岐 「うわあ、私、雪って大好き。」

浩一郎「そうだ、君の時給を上げてやろう。
    倍か,いや3倍なら生活していけるかね?
    和子、政岐さんの給料を上げてもいいだろう?」

和子 「もう、あなたって本当にロマンティックじゃない人ね・・・
    ところで、さっき又催促の電話がございましたわ。
    今日中に原稿を送らないと、連載打ち切りですって。」

政岐 「あのう、雪を見に行ってもいいですか?」

和子 「いい考えだわ。
    あなたもご一緒に外に出てみません?
    とっても綺麗ですわよ。」

     浩一郎、不機嫌そうに片手で頭を抱え、もう片手をチョコレ-トに伸ばしている。
     政岐、にこにこと天使のような微笑みを浮かべている。
     
     ~おしまい~


いかがでしょうか?もし良かったら押してください。
         ↓

人気blogランキングへ

春の予感

「 春の予感」 ゴルゴ40(フォーティー)作 


【登場人物】♀ 上田奈津子・・・高校2年生

      ♂ 木村達也・・・・高校2年生

      ♀ 松岡麻美・・・・2人のクラス担任。国語教師。


     高校の図書室である。
     上田奈津子が1人座って本を読んでいる。
     そこへ木村達也が入って来ると、奈津子を見て少し驚いた様子。
     奈津子は背を向けているので全く気付かない。
     達也は入り口付近で携帯電話を出すとメールチェックするが、誰からもメッセージはないようだ。
     達也は奈津子の背後に近寄ると声を掛ける。

 達也「あのう・・・」

奈津子「きゃあっ!」

 達也「あ、ごめーん・・・」

     奈津子、読んでいたハードカバーの分厚い本を胸に抱き、あからさまに警戒して達也を見ている。
     変なことを仕掛けて来ようものなら、又大声を出すぞという感じ。

 達也「あー、いやー、何つったらいいんだろう・・・」

奈津子「何か用ですか?」

 達也「えーと、何やってるの?」

奈津子「何って・・・遊んでるように見えますか?」

 達也「いや、遊んでるって・・・
    ドキドキしちゃうな、そんなこと言われると。」

奈津子「はあ?」

 達也「何か大人しそうだもんね、君。」

奈津子「何言ってるんですか!」

 達也「あー、だけど気は強そうだね。」

奈津子「用がないんだったら、ほっといてください。」

 達也「つれないな。」
     
     奈津子、無視を決め込んで読書に戻ろうとする。

 達也「やだなあ、シカトしないでよ。
    僕すねちゃうよ・・・
    ねえ、何やってるのかって聞いてるんだけど。」

奈津子「本を読んでるんです。」

 達也「見ればわかるよ。」

奈津子「じゃあ何で聞くんですか!」

 達也「声掛けないと悪いかなあと思ってね。
    僕って変に気をつかっちゃう人なんだよね・・・」

奈津子「からかってるんですか?」

 達也「ねえ、読まないの?」

奈津子「え?」

 達也「だから本読まないの?
    さっきから止まってるけど。」

奈津子「読めないじゃないですか!」

 達也「あ、ごめーん。
    僕がじゃまだったんだ。」

     間 達也、奈津子の後ろに少し離れてぼうっと立っている。

奈津子「あの、そこにいられると非常に読みづらいんですが。」

 達也「気にしない、気にしない。
    僕見てるだけだから。」

奈津子「いや気になります。」

 達也「だって君から僕は見えないでしょ。」

奈津子「見られてると思うと気になって仕方ありません。」

 達也「ははあ。
    さては見られると興奮するタイプとか・・・」

     奈津子、席を立つ。
     するとそこへ松岡麻美先生が入って来る。

 麻美「木村君!」

 達也「あ、先生、おはようございます。」

 麻美「そんなさわやかそうな挨拶でごまかそうとしてもダメだよ。」

 達也「いやー、先生。
    今日は又一段とお美しい。」

 麻美「そういう歯が浮くようなお世辞を言ってもダメ。」

 達也「お世辞じゃないですって。」

 麻美「あら、そう?」

 達也「ええ、もう。
    僕って幸せだなあ。
    担任の先生がこんな美人で。」

 麻美「木村君。
    今授業中なんだけどな。」

 達也「わかってますって。」

 麻美「わかってたら教室に戻りなさい!」

 達也「ここ図書室ですからね。
    そんな大声出しちゃいけないですよ。」

 麻美「又へ理屈を言う。」

 達也「ほら、この人だってびっくりしてるじゃないですか。
    あれ?(授業中なのにここにいてもいいの?)」

 麻美「木村君。
    まさか彼女に変なことしてないだろうね。」

 達也「ちょ、何言ってるんですか、人聞きの悪い。
    僕がここでナンパしてるとでも?」

 麻美「君ならやりかねない。」

 達也「ノーノーノー。
    僕生まれてこのかたナンパなんてしたことないんですから。
    (奈津子に)ねえ?」

 麻美「ホントに?」

奈津子「はい。」

 達也「ちょっとしゃべっただけだよね?」

奈津子「はい。」

 麻美「嫌らしいこととか言われなかった?」

奈津子「あ、はい。少し・・・」

 麻美「木村君!」

 達也「うわ、いってえ!」

     麻美、達也の腕をとりねじり上げている。

 麻美「二度と授業サボったりするんじゃないよ。」

 達也「わかりました!わかりましたから・・・」

     麻美、達也を解放する。

 麻美「はい、授業へレッツゴー!」

 達也「は~、全くキレイな顔して、どこにそんな力があるんですか・・・」

     達也が出て行く。
    
 麻美「悪い子じゃないんだけどな・・・」

奈津実「先生。
    誰ですか、今の人?」

 麻美「そうか。
    上田さんは初めてだよね。
    先週からうちのクラスに転校して来た、木村君っていう子。」

奈津実「あ、何かそういうこと、友達が言ってました。
    東京から来たとか。」

 麻美「違うわよ。
    神奈川。
    どちらにしてもここよりは都会だろうけど。」

奈津子「ちょっとびっくりしました。」

 麻美「そうだろうね・・・
    ところで本当に変なこととか言って来なかった?」

奈津子「あ、いえ、特には・・・」

 麻美「そっか・・・
    じゃ、かわいそうなことしちゃったかな?」

奈津子「そんなことないです!
    授業サボってたんだし。
    それに、先生に対して失礼なことを言ってましたから。」

 麻美「そうだったかな?」

奈津子「美しいだの、キレイだの、ああいうのってセクハラじゃないんですか?」

 麻美「まあ、生意気なやつとは思うけどな。」

奈津子「ああいうのが許せないのって、やっぱり私おかしいんでしょうか?」

 麻美「そんなことないって。
    思春期にはよくあること。」

奈津子「先生にもそういう頃があったんですか?」

 麻美「そりゃああるわよ。
    『お父さん汚い!』って毛嫌いしたりね。
    それに私女子校だったし。」

奈津子「私、女子校なら良かった・・・」

 麻美「いや、それはそれでね、いろいろあるし・・・
    私なんか後輩にラブレターもらったりして。」

奈津子「わかるような気がします。」

 麻美「空手なんかやってたからね。
    とにかく男っけのある環境じゃなかったな。
    だから正直男の人は大の苦手だったわね、あなたと同じ。
    口を聞くのも苦痛だったくらい。」

奈津子「先生もですか?」

 麻美「私は空手一筋って感じだったからね・・・
    あなたも何か打ち込めるものがあるといいかもよ。」

奈津子「空手ですか・・・
    私には無理です。
    運動音痴だし。」

 麻美「だけどね、大学入ったらアッサリよ。」

奈津子「アッサリ?」

 麻美「だから上田さんもあまり思い悩まないことだね。
    ホント、後から思えば笑い話に思えるくらい、いつの間にか治っちゃうから。」 

奈津子「だといいんですけど。」

 麻美「えっと、5時間目は体育だから大丈夫だね。」

奈津子「はい。」

 麻美「6時間目はダメそう?
    今日から源氏物語に入るんだけどな。」

奈津子「ごめんなさい。」

 麻美「ああ、気にしないこと。
    じゃ、ここにいる?」

奈津子「はい。
    源氏はここで読んでます。」

 麻美「それじゃ、私も授業中だから。」

奈津子「えー?
    いいんですか?」

 麻美「良くはないよ。
    じゃーね。」

     麻美が出て行くと、すぐ入れ替わりのように達也が戻って来る。

 達也「何だよ。
    教師の風上にも置けないな。」

奈津子「木村君。」

 達也「あ、名前覚えてくれたんだ。
    うれしいねえ。」

奈津子「授業に行ったんじゃなかったんですか。」

 達也「いやー、僕って中途半端は嫌いだからね。
    サボると決めた以上はサボらないと。」

奈津子「どういう理屈ですか。」

 達也「中途半端はいけないって、家訓なんだよ。」

奈津子「嘘ばっかり。」

 達也「ちなみに僕、下の名前は達也。
    きむらたつや。
    キムタクと一字違い。
    なんちゃって意味ないけどさ。」

     奈津子、無視を決め込んでいる。

 達也「あ、君の名前は?
    上田さんだっけ?」

奈津子「何で知ってるんですか。」

 達也「さっき盗み聞きしてたから。」

奈津子「最低ですね。」

 達也「サイテーか、ははは・・・
    で、下の名前は?」

奈津子「あなたに言う必要はないです。」

 達也「そんな冷たいこと言わないでよ。
    一緒に授業サボってる仲じゃない。」

奈津子「一緒にしないでください。」

 達也「じゃ、何してんのよ、ここで?」

     携帯電話のメールの着信音。 
     達也メールをチェックして笑う。

奈津子「携帯の持ち込みは禁止ですよ、この学校。」

 達也「みんな持ってるんじゃない?」

奈津子「私は持ってません。」

 達也「(メールをチェックしながら)ははは。
    読む?」

奈津子「いいです。」

 達也「神奈川の友達からだけど。
    向こうも今授業中だって。」

奈津子「ロクでもない学校ですね。」

 達也「そう言わないでよ。」

奈津子「女の子ですか?」

 達也「いや。
    僕男子校だったから。」

奈津子「何返信してるんですか。」

 達也「だから今サボって女の子とダベってるって。」

奈津子「話をねじ曲げないでください!」

 達也「いや、まんまじゃん。
    向こうは男ばっかでしょ。
    うらやましがらせてやろうと思ってさ。」

奈津子「何だか私までサボってるみたいじゃないですか!」

 達也「えーっと・・・ケッコウカワイイシ、キョニュウッポイ・・・」

     奈津子、怒って席を立つ。

 達也「あ、上田さん。
    ゴメン、怒った?
    冗談だよ、何も打っちゃないって。」

     奈津子は達也を避けるようにして入口に向かい、達也は反対に奈津子が座っていた席に向かう。
     奈津子入口からでようとするが少しためらい、達也の様子を見る。
     達也は奈津子が読んでいた本を取り上げて

 達也「何読んでるの?」

奈津子「やめてください!」

     達也が本を手に取ったのを見て、奈津子は慌てて戻って来る。

 達也「源氏物語か・・・
    はい。」

     達也が本を手渡そうとするが、奈津子はおびえたように受け取ろうとしない。

奈津子「戻して・・・
    あなたが触った本をあそこの棚に戻して来てください。」

 達也「えー?
    何だか、僕バイキンみたいだな。」

奈津子「早く!」

     達也がしぶしぶ本を戻しに行くと、奈津子は席に座って机に伏せる。
     達也が戻って来て声を掛ける。

 達也「上田さん?・・・
    え、何?
    泣いてるの?
    どうしてよ?・・・
    参ったな・・・
    はい。」

     達也はハンカチを差し出すが、奈津子は拒絶する。

奈津子「ごめんなさい・・・
    あの、少し離れててくれませんか。」

 達也「わかったよ。」

     達也、距離を置いて座る。
     奈津子が泣きやんだのを見て

 達也「ねえ、落ち着いた?」

奈津子「はい・・・
    さっきはビックリしちゃって・・・
    ごめんなさい。」

 達也「で、何?
    そんなに僕のこと嫌がってるわけ?
    かなりショックなんだけど。」

奈津子「そうじゃなくて・・・
    私ダメなんです。
    男の人が近付いて来ると。」

 達也「はあ?」

奈津子「ダメなんです。
    どうしても体が震えてしまって・・・」

 達也「何それ?
    病気?」

奈津子「・・・はい。
    男性恐怖症なんです。」

 達也「え、でもフツーにしゃべってるっぽいけど。」

奈津子「話すくらいなら・・・
    それと人にもよりますから。」

 達也「あ、やっぱ僕みたいなカッコイイ男ならオッケーなんだ。」

奈津子「違うと思います。」

 達也「ひどい・・・
    僕またちょっとショック。」

奈津子「ごめんなさい・・・
    あの、男っぽい人がダメなんです。」

 達也「そっか・・・
    僕ってよく女の子みたいって言われるもんね。」

     達也、いかにも「女の子」という感じのアニメソング(「キャンディ・キャンディ」とか)をフリ付きで歌う。
 
 達也「あ、笑ったね。」

奈津子「・・・キモイ。」

 達也「やっぱ笑った方がかわいいよ。」

奈津子「そんなこと言うのはやめてください。」

 達也「僕さ、男子校って言ったでしょ。
    男からコクられたことあるもんね。」

奈津子「そんな趣味があるんですか?」

 達也「僕はないけどね。」

奈津子「あったらこわいです。」

 達也「僕はノーマルだよ。」 

奈津子「ノーマルって?」

 達也「やっぱさ、男の子と女の子が好き合うのがフツーでしょ?」

奈津子「私普通じゃないんですかね。」

 達也「そんなことはないでしょ。
    先生も言ってたじゃん。
    そのうち治るって。」

奈津子「そんなことまで聞いてたんですか。」

 達也「あ、ごめんね。
    別に悪気はなかったんだけどさ。」

奈津子「じゃあ私がここにいる理由も・・・」

 達也「男子と一緒の授業はダメなんだ?」

奈津子「男の人と一緒の空気を吸ってると思うだけで、気分が悪くなるんです。」

 達也「あ、それ、僕も一緒。
    女の子と一緒の空気を吸ってると思うだけで、何かこうウキウキして来るんだよね。」

奈津子「それは違います!」

 達也「冗談だよ。」

奈津子「本当に吐き気がして、体が震えて来るんです。」

 達也「へえ、そりゃ重症だね。
    僕みたいな女々しい男ばっかなら良かったのに。」

奈津子「あなたとだって平気じゃないんですよ。」

 達也「え、マジ?」

奈津子「はい。
    結構我慢してるんですけど。」

 達也「じゃ、僕やっぱ行った方がいい?
    授業。」

奈津子「授業には出た方がいいと思いますけど。」

 達也「もう今さらって時間なんだよね・・・」

     達也、奈津子の様子をうかがっている。

奈津子「私なら大丈夫です。」

 達也「じゃあいてもいい?」

奈津子「はい。
    嫌なことも少しくらいは我慢しなきゃ、生きていけませんから。」

 達也「何かいづらくなる言い方だなあ。」

奈津子「まあ、いても構いませんし・・・
    あ、でも、よそに行ってくれるのにこしたことはないんですけど。」

 達也「どっちよ!」

奈津子「だから、あなたの好きにしてください。」

 達也「じゃあ、いさせてもらうね。」

     お互いに気まずい間

 達也「あのさあ、本読まないの?」

奈津子「あなたの手が触ったから。」

 達也「違う本読んだら?」

奈津子「ほっといてください。」

     達也、さっき戻した本を棚から取って

 達也「源氏物語ね・・・
    僕もさ、口語訳で読んだことあるよ。」

奈津子「そうですか。」

 達也「光源氏って、ろくでもないロリコン野郎だよね。」

奈津子「そんなこと・・・」

 達也「だって普通に読んだらそうでしょ。
    上田さん、そう思わない?」

奈津子「やめてください。
    源氏物語がけがれるような気がします。」

 達也「僕が言ったら気に入らない?」

奈津子「男の人にはわからないです。
    私の気持ちなんか・・・」

 達也「あのさあ、意識過剰じゃないの?」

奈津子「かも知れませんけど。」

 達也「家じゃどうなの?
    お父さんとか。」

奈津子「あー、お父さんとか、子供とか・・・
    いわゆる人畜無害な男の人なら割と平気ですね。」

 達也「じゃあ、今はかなり苦痛なんだ?」

奈津子「いえ・・・何だかびっくりするくらい平気です。」

 達也「あの、それってスッゲエ傷ついちゃうんだけどな、僕。」

奈津子「そうですか?」

 達也「わかんないの?」

奈津子「いえ、もちろんわかって言ってますけど。」

 達也「えーと、あ、あの・・・」

奈津子「無理に話そうとしなくてもいいんじゃないですか?」

 達也「いや、無理言っていさせてもらうのに、退屈させちゃ悪いでしょ。」

奈津子「全く不要な気づかいです。」

 達也「そんなこと言わないでよ。」

奈津子「木村君って変わった人ですね。」

 達也「そう?
    どっちかって言えば変わってるのは上田の方じゃない?」

奈津子「上田って・・・」

 達也「あ、呼び捨てが気にいらない?」

奈津子「何か・・・
    いや、いいです。」

 達也「じゃあさ、下の名前教えてよ。」

奈津子「嫌です。」

 達也「たとえば春江って名前だったら、ってうちのおかんの名前なんだけど、はるちゃんって呼んであげるからさ。
    そしたら親近感わくじゃない?」

奈津子「絶対に嫌です。
    上田でいいですよ。」
 
 達也「どうしてそんなに嫌がるの?
    いいじゃん、名前くらい。
    ケチ。」

奈津子「やっぱり変ですよ。
    どうしてそんなこと知りたがるんですか?
    どうでもいいじゃないですか。」

 達也「そう?
    フツーだと思うけどねえ。」

奈津子「私、嫌がってるんですよ、あなたのこと。」

 達也「え?
    そうなの?」

奈津子「ハッキリそう言ってると思いますけど。」

 達也「いや、嫌い嫌いも好きのうちとか。」

奈津子「その図々しさはどこから来るんでしょうか?」

 達也「話だってこんなにはずんでるじゃない。」

奈津子「嫌々つきあってあげてるだけだってこと、わかりませんか?」

 達也「そりゃま、そういう感じはするけど。」

奈津子「話がはずんでる?
    そういう勘違いはやめてください。」

 達也「あのさあ・・・」

     達也、立ち上がって奈津子に近寄ろうとする。
     奈津子は置いてあったカバンを取って身構える。

奈津子「来ないで!
    たたきますよ。」

 達也「ねえ、きっと大丈夫だよ。
    僕、人畜無害なことには自信があるんだから。」

奈津子「嘘です。」

 達也「いやマジ。
    前の学校で『彼女ができそうにない男』のナンバーワンに選ばれたんだから。」

奈津子「それは論点がずれてます。」

 達也「それにホラ、もう結構近づいてしゃべってるじゃない?」

奈津子「私・・・
    震えてるの、わからないんですか!」
 
     泣き出しそうな奈津子の様子を見て、達也席に戻る。

 達也「ごめんね。
    試すようなことしちゃって。」

奈津子「心臓が爆発しそうです。」

 達也「え、マジ?
    僕もだよ。
    何かドキドキしてる。」

奈津子「あ、あの、もう絶対に近付かないでくれますか?」

 達也「もちろん。」

奈津子「それから・・・
    使わないって約束してくれますか?」

 達也「え?
    何のこと?」

奈津子「奈津子です。
    下の名前。」

 達也「あ、ああ、ナツコさんか。
    ナッチャンだね。」

奈津子「やめてください!」

 達也「そうだった・・・
    ごめんね。」

     間 

奈津子「何でそんなに私につきまとうんですか?」

 達也「え?
    離れてるよ。」

奈津子「そういう意味じゃありません。」

 達也「わかるでしょ。」

奈津子「わかりません。」

 達也「話がしたいのよ。」

奈津子「どうして?」

 達也「どうしてって・・・」

奈津子「理由はないんですか?」

 達也「いや、だから・・・」

奈津子「理由がないんだったら、やめてくれませんか。
    本当に、私男の人が嫌なんですよ。」

 達也「じゃあ、言うよ。
    えっと、上田さんが、結構かわいいなって思ったから、話したいなって、思ったわけ。
    どう?
    フツーでしょ。」

奈津子「先生との話聞いてなかったんですか?」

 達也「えっ?」

奈津子「私許せないんですよ。 
    女の人にお世辞を言って話し掛けて来るような男の人が。」

 達也「お世辞じゃないよ。」

奈津子「先生にも同じこと言ってましたよね。」

 達也「どっちも本気だよ。」

奈津子「大嘘です。
    私なんか・・・」

     携帯メールの着信音。
     達也確認すると、乱暴に画面を閉じる。

 達也「ちっ!」

奈津子「又友だちからですか?」

 達也「いや、家から。
    神奈川の。」

奈津子「神奈川の?」

 達也「僕ちょっとワケありでさ、こっちの親戚の家に預けられてるのよ。」

奈津子「それで転校したんですか。」

 達也「全くとんでもない所に来らされちゃったよ。」

奈津子「田舎ですからね。」

 達也「学校から山が見えるなんて信じられない。」

奈津子「あちらには山がないんですか?」

 達也「いや、あるけどさ。
    学校は町中にあったから、周りはビルばっかりで。
    この学校来てもうビックリ。」

奈津子「前は山で後ろは海ですからね。」
    
 達也「でしょ?
    学校サボってどっかぶらぶらしようかなって、出てみたら何もないんだもんね。
    コンビニもないんでしょ?
    周り見たら、海と山と畑って・・・
    終わってるよ、ここ。」

奈津子「私は好きですよ、この町。
    景色はきれいですし・・・」

     授業終了のチャイムが鳴る      
 
 達也「あ、ヤバイ。
    又あの先生に捕まっちゃうよ。」

奈津子「もう授業サボらないでください。」

 達也「ははは。
    又来るかも知れないよ。」

     達也、急いで出て行く。
     しばらくして麻美が入って来る。

 麻美「上田さん。
    今日も先生の部屋でお弁当食べる?」

奈津子「あ、今日は教室で食べます。」

 麻美「大丈夫?」

奈津子「はい。
    男子はあまりいないと思いますし。」

 麻美「そう。
    じゃあ私はここで調べ物があるから。」

奈津子「今から教室に行って体育の授業には出ます。」

 麻美「そうね。
    頑張って。」

奈津子「はい。」

     奈津子席を立つが、部屋を出る前に思い出したかのように振り返る。

奈津子「先生、さっきの人なんですが。」

 麻美「ああ、木村君?」

奈津子「どういう人なんですか?」

 麻美「何か嫌なことでもあった?」

奈津子「いえ・・・ただ、平気で授業サボってましたから。」

 麻美「なかなか学校やクラスになじめないみたいでね。」

奈津子「それで授業をサボって・・・」

 麻美「たぶん学校も合ってないんだと思うのよ。
    向こうの学校、かなりの進学校だったみたいだから。」

奈津子「そうなんですか。
    じゃあ、どうしてこの学校に?」

 麻美「プライベートのことはちょっとね・・・」

奈津子「そうですよね。」

 麻美「とにかく家庭の事情で一時的にこちらへ来ているらしいんだけど。」

奈津子「一時的、ですか。」

 麻美「それもあるんだろうけど、彼の方からみんなと距離を置いてるみたいなのよね。」

奈津子「あ、ありがとうございました!」

 麻美「まあ、あなたとはあまり関わりがないだろうけどね。」

     奈津子、うれしそうに出て行く。
     あこがれの松岡麻美先生と話すだけでうれしくて、奈津子は元気になるのだ。
     麻美はしばらく書架を探っていると、一冊の本を取り出して席に着き読み始める。
     そこへ達也が入って来る。

 達也「あ、先生。
    こんにちは。」

 麻美「あら、さっきも会ったね。
    授業中に。」

 達也「いやあ、相変わらずオキレイで。」

 麻美「ありがとう。
    お昼はもう食べたの?」

 達也「僕お昼は食べないんで。」

 麻美「体に悪いわよ。」

 達也「いやあ、実はお昼代がないんですよね。」

 麻美「嘘でしょ。」

 達也「本当ですよ。
    僕、何か一度も会ったことない親戚の家に無理矢理押しつけられたみたいで、お金くれ、なんてとても言い出せない感じでして。」

 麻美「お昼代くらいくれるでしょ?」

 達也「使っちゃったんですよ、ケイタイの通話料とかに。」

 麻美「何だ、自業自得か。」

 達也「おじさんとおばさんに迷惑かけてると思いますから。」

 麻美「じゃあ、お金貸しといてあげるから、食堂に行って来なさい。」
    
 達也「今日はいいですよ。
    腹が減って我慢できなくなった時にはお願いします。」

 麻美「ホントにいいの?」

 達也「はい。
    僕、人が多い所ってマジ苦手ですしね・・・」

 麻美「木村君。」

 達也「はい。」

 麻美「それ、授業をサボる言い訳にはならないよ。」

 達也「わかってますけど・・・
    だけど、さっきの人はいいんですか?」

 麻美「上田さん?
    あの子はね、ちょっと精神的に授業に出づらいことがあって・・・」

 達也「保健室登校ってやつですか。」

 麻美「良く知ってるじゃない。」

 達也「僕だって似たようなもんなんですけど。」

 麻美「ダメだよ。
    ちゃんと医師の診断書とか必要なんだからね。」

 達也「いや、僕はそんなこと考えてませんから・・・
    ところで何の本ですか、先生。」

 麻美「ああ、ちょっと源氏物語について調べたいことがあってね。
    今日から授業でやるから。」

 達也「そう言えばさっきの人も源氏物語の口語訳を読んでましたよ。
    実は僕も本を読むのが好きでして。」

 麻美「へえ。
    ちょっと意外だね。」

 達也「源氏物語って、ひどい話ですよね。」

 麻美「そう?
    どうして?」

 達也「光源氏が小さな女の子を自分好みの女性に仕込んでいく話があるじゃないですか。
    何か男が勝手な話ばかりで・・・」

 麻美「そりゃ現代の目で見ればそうかも知れないけど。」

 達也「僕男だけど全然共感できないです。」

 麻美「紫式部も、こんな高校生に批判されるとは思ってなかったでしょうね。」

     そこへ奈津子が入って来る。

奈津子「先生!」

 麻美「あれ?
    もうお昼食べたの?」

奈津子「はい。
    ほとんど食欲がなかったので。」

 達也「やあ。」

奈津子「何やってるんですか!」

 達也「担任の先生と話してただけだけど。」

奈津子「先生と気安く話さないでください!」

 麻美「上田さん・・・」

 達也「せっかく美人の先生と話してたのにな。」

奈津子「それ、セクハラです。」

 達也「じゃあ、先生。
    僕もう行きますから。」

 麻美「あ、じゃーね、木村君。」

 達也「光源氏の方がよっぽどセクハラだよ・・・」

奈津子「先生!」

     達也は出て行く。
     いつになく険しい奈津子の口調と様子にとまどう麻美。
     数日後、奈津子と麻美が話している。

奈津子「本当に何とかならないんですか、あの人。」

 麻美「今日も来たの?」

奈津子「はい。授業サボってはやって来て、休憩になると出て行くんです。」

 麻美「どのくらい。」

奈津子「今日は3時間も。」

 麻美「私もずっと彼を見張ってるわけにはいかないからね。
    移動教室の授業はほとんど出てないみたいなんだよね。」

奈津子「あれじゃ進級出来ないんじゃ・・・」

 麻美「ここは一時的らしいからね。」

奈津子「保護者の人に注意してください!」

 麻美「・・・それがね、人に危害でも加えるんじゃなきゃ、好きにさせてくれって。
    うちは預かってるだけなんだからって・・・」

奈津子「私にとってはものすごく苦痛なんですけど。」

 麻美「彼が又転校するまで我慢出来ないかな?」

奈津子「嫌です!
    学校に来るのもゆううつなんです。
    あの人が来ると思うと。」

 麻美「困ったね・・・
    保健室は保健室で別の男の子がいるしね。」

奈津子「あの、先生。」

 麻美「何?」

奈津子「どうしてなんでしょうか?私、木村君に男性恐怖症だって言ってるし、はっきり嫌がってるの、わかってるはずなのに・・・」

 麻美「イジメたいんだろうね。」

奈津子「そんな!」

 麻美「あ、ごめんね。
    思い出させるようなこと言っちゃって。
    集団で暴力も含めたイジメじゃなくて・・・
    小学生の男の子が、気になる女の子にちょっかいを出す、みたいな。」

奈津子「・・・それ、頭では理解出来るんですけど・・・」

 麻美「実際、それほど嫌なことしてくるわけじゃないんでしょ?」

奈津子「はい。
    ただ、こっちは本を読んでるのに、やたらと話し掛けて来て・・・」

 麻美「うるさい?」

奈津子「まあ・・・
    そうですね。」

 麻美「学校に来れなくなるほど苦痛かな?」

奈津子「・・・」

 麻美「もしかしたら、あなた彼を受け入れつつあるんじゃないかな?」

奈津子「そんなわけありません!
    どうしてそんな意地悪なこと言うんですか!」

 麻美「上田さん・・・
    ごめんね。」

     間
     奈津子、言おうか言うまいかためらうが、決心して言う。

奈津子「あ、あの、先生・・・変なうわさを聞いたんですけど。」

 麻美「え?
    何?
    急に。」

奈津子「先生が結婚される、とか・・・」

 麻美「誰かそんなこと言ってた?」

奈津子「あ、いえ・・・ただ友だちがそんなうわさがあるって教えてくれたんです。」

 麻美「困ったもんだね。
    そういう根も葉もないうわさを広められちゃ・・・」

奈津子「じゃあ、違うんですか!」

 麻美「もちろんよ。」

奈津子「良かった・・・」

 達也「いやあ、火のない所にうわさは立たないって言いますよ。」

     いつの間にか入口から顔をのぞかせた達也が口をはさむ。
     驚く2人。

 達也「結構クラスじゃその話で持ちきりですよ。」

 麻美「木村君!
    ちょっとこっちへ来なさい。」

 達也「あ、僕もう教室に戻りますから。」

 麻美「待ちなさい!」

 達也「勘弁してくださいよ。」

     相次いで出て行く達也と麻美。
     残された奈津子は暗い表情である。
     ストップモーション。
     時間がたった。
     達也が戻って来る。

 達也「いやあ、ひどい目にあっちゃったな。
    あの先生、怪力に加えて足も速いのなんの。」
 
     奈津子、達也から視線を外す。

 達也「思いっ切り腕を決められちゃったよ。
    で、その後先生何て言ったと思う?
    『今度は腕の1本くらいへし折るよ』って。
    あんな美人に言われたら怖いのなんの。」

     奈津子無反応を装う。

 達也「上田さん?・・・
    上田?・・・
    ナツコさん?・・・
    ナッチャン?」

     何を言われても奈津子は無反応。
     達也が正面から近寄って行くと、奈津子は反対を向く。

 達也「ほら、僕近寄っちゃうぞ・・・
    襲っちゃうぞ・・・」

     何をされても奈津子は反対を向くしか反応しない。

 達也「参ったな。
    シカトすることに決めたんだ。
    僕、そういうの一番嫌なんだ、言わなかったっけ?・・・
    ぶっちゃけ、今クラスでもシカトされてんのよ、僕。」

     奈津子無反応。

 達也「そりゃあさ、僕だって悪いんだよ。
    この学校って言っちゃ悪いけど勉強のレベル低いじゃん?
    何か授業もカッタルイし、僕、そういうのってすぐ表に出しちゃう性格だから。
    すごくイヤミなやつに見えるだろうさ。
    それに正直、こんな田舎ってバカにしちゃってるしね。
    シカトされてもさ、しょーがないっちゃあ、しょーがないんだよね・・・」

     奈津子無反応。

 達也「上田さんだけなんだよね。
    とりあえず相手にしてくれるのは・・・
    あ、だけど、それだけじゃないよ。
    ホント、マジで、かわいいなあって、思ってるから。
    僕、そんな風に見えないかも知れないけど、嘘とかお世辞とか言わないから。
    むしろ、正直過ぎて嫌われる方だからさ。」

     携帯電話の呼び出し音。
     達也慌てて出る。

 達也「はい、もしもし・・・
    いや、だから、授業中だって!
    昼間は掛けんなって言ってんだろ!・・・
    大事な話?
    ああ、いつ戻れんだよ?・・・
    はあ?
    冗談じゃねえよ!」

     達也激怒して、携帯電話を乱雑に切る。
     奈津子、初めて耳にする達也の乱暴な大声にびっくりして振り向くが、すぐに又向こうを向き無反応を装う。

 達也「もう終わりだよ。
    いつあちらに戻れるかわからないんだって。
    僕の人生、お先真っ暗だよ・・・」

     奈津子、懸命に無反応を装うが、体が震えて止まらない。

 達也「結婚なんかするもんじゃないよね。
    特に僕みたいな望まれない子供が原因の時はね・・・
    上田さん、先生の結婚間違いないみたいだよ。
    まさか出来ちゃった結婚じゃないだろうけどね・・・」

     奈津子、立ち上がって達也の頬を思い切り叩く。
     達也はイスごと倒れる。

 達也「いってえ!・・・
    男性恐怖症じゃなかったの?・・・」

     暗転。
     数日後、麻美と奈津子が話している。

 麻美「・・・そういうわけでね、彼もう来ないと思うから安心して。」

奈津子「そうですか。」

 麻美「だけど、クラスがそういう状況だったってことに気づかないなんて、私教師失格だね。」

奈津子「そんなことないと思います。」

 麻美「まあ彼も、こうなった以上卒業まで長いわけだから、努力してクラスに溶けこむようにするだろうから。」

奈津子「・・・努力で何とかなる問題なんでしょうか。」

 麻美「彼は男だからね。
    少々我慢して頑張らないと。」

奈津子「男も女もないと思います。
    頑張って何とかなるくらいなら、私だって・・・」

 麻美「あ、上田さんはいいんだよ。
    ホントに努力で何とかなる問題じゃないんだから。」

奈津子「私、木村君とあまり変わらない気がするんです。」

 麻美「あなたの問題は、時間が解決してくれるんだから。
    あせっちゃダメだよ。」

奈津子「だけど、前よりもっとクラスに行きづらくなった気がするんです。
    男子がいるかどうかの問題だけじゃなくて。」

 麻美「3年に上がれば、女子の多いクラスになるんだから・・・」

奈津子「それに先生の担任でもなくなるかも知れませんよね。」

 麻美「それは、わからないな。」

奈津子「先生!
    どうして私に授業に出ろって、言ってくれないんですか?・・・
    私なんかどうでもいいって思ってるんじゃないですか?」

 麻美「上田さん。
    あなた今日ちょっと変だよ。」

奈津子「・・・申し訳ありません。
    先生を責めるようなことばかり言ってしまって・・・」

 麻美「じゃあ私、次授業があるから。」

     チャイムが鳴り、急いで立ち去ろうとする麻美を、奈津子呼び止める。

奈津子「先生!
    あ、あの、ご結婚、おめでとうございます!」

     直立不動で深々とおじぎをする奈津子。
     麻美は無言で出て行く。
     奈津子は麻美を見送ると放心したように座り、次第に泣き始める。
     達也が入って来る。

 達也「ヤバイヤバイ。
    先生と鉢合わせになる所だったよ。」

     達也は奈津子が泣いているのを見て近寄り声を掛ける。

 達也「上田さん。」

     達也は出会った時のように、ハンカチを差し出す。
     奈津子はためらう。

 達也「僕さあ、先生には頑張るって言ったんだけど、ぶっちゃけ授業に出るのスッゲエ苦痛なんだよね。
    情けないんだけどさ。」

     奈津子、ハンカチを受け取って涙を拭く。

奈津子「ありがとう。」

 達也「ねえ、もし良かったら、一緒に授業に出てくれないかな?」

奈津子「うん・・・」

     奈津子は初めて達也に好感を持った。
     春の予感。

     ~おしまい~
    

いかがでしょうか?もし良かったら押してください。
         ↓

人気blogランキングへ

秋の気配

「秋の気配」 ゴルゴ40(フォーティー) 作

【登場人物】♀朝日幸美(あさひ・ゆきみ)・・・高校3年生。  
      
      ♀皆川詩(みながわ・うた)・・・・幸美の小学校時代の同級生。

     花火大会の夜。
     日の長い夕刻だが、そろそろ夕闇が迫っている。
     縁日のような出店がいくつか。
     高校の制服を着た少女がたこ焼きを焼いて出店の準備をしている。
     皆川詩である。
     他の店や付近に人の気配はない。
     違う高校の制服を着た少女が下を向きトボトボと歩いて来る。
     朝日幸美である。
     少し離れた石段に座った幸美は、かばんから何か紙を取り出すとそれを見ながらため息をつく。
     たこ焼きを焼き終えて包み紙におさめた詩がやって来る。

 詩「・・・ちょっと、そこ(私の席なんだけどな)」

幸美「あ、ごめんなさい。」

     幸美が横へどくと、詩はどかっとウンコ座りになってタバコを取り出し火をつけて吸い始める。

 詩「何だよ。」

幸美「いえ、別に。」

 詩「けっ!」

幸美「あ。」

     詩は不機嫌そうにタバコの吸い殻を付近の木の立て札?に投げつける。
     幸美、立ち上がって吸い殻を取りに行こうかと迷った末、次のタバコを取り出そうとしている詩をじっと見てしまう。

 詩「何ガン飛ばしてんだ、お前。」

幸美「あ、いえ・・・
   皆川さん?」

 詩「え?
   もしかして・・・」

幸美「やっぱり。
   朝日です。
   小学校で一緒だった。」

 詩「覚えてるよ。
   何だゆっきいか。
   お久しぶり。」

幸美「何やってんですか、こんな所で。」

 詩「いや、ちょっと・・・
   ゆっきいこそ何やってんの?」

幸美「ああ。
   塾の帰りなんですけど。」

 詩「塾?
   もしかして受験生とか。」

幸美「はい、一応。」

 詩「へえ・・・
   あの、教室でおもらしして泣いてたゆっきいが受験生かあ・・・」

幸美「いつの話してるんですか!」

 詩「小学校入ってすぐだったよな。」

幸美「あの時は本当におなかの具合が悪くて。」

 詩「なんか黙って具合の悪そうな顔してたから、わざわざ見に行ってやったんだ。」

幸美「もう忘れてください。」

 詩「いや、あれは一生忘れないね。
   せんせー、朝日さんがおもらししてまーすって。」

幸美「ホント余計なお世話でしたよ。」

 詩「ゆっきい引っ込み思案だから、トイレに行きたいって先生に言えなかったんだよな。
   せんせー、朝日さんスカートまでビショビショでーす。」

幸美「そこまで言わなくても良かったのに。」

 詩「あん時は、助けてやろうと思ったんだぜ、マジで。」

幸美「いや疑っちゃいませんけど。」

 詩「あれ以来よく話すようになったんだよな。」

幸美「あの、皆川さん。」

 詩「他人行儀だなあ、皆川さんって。」

幸美「パンツ見えてます。」

 詩「え、マジ?」

幸美「はい。
   割とハッキリ。」

     詩、立ち上がってスカートをはたく。

 詩「変わんねえな、ゆっきい。」

幸美「そうですか?」

 詩「そのズレてる所がさ。」

幸美「私ズレてますか?」

 詩「久しぶりに会った同級生に対して、いきなりパンツ見えてるって。」

幸美「見せてる方がどうかと思いますけど。」

 詩「これ見せパンだから。
   ホラ。
   ホラ。」

幸美「皆川さん・・・」

 詩「何キョロキョロしてんだよ。」

幸美「人が見てたら恥ずかしいですから。」

 詩「お前ホント変わんねえな。
   いちいちカチンと来るんだよ。」

幸美「そういう性格ですから。」

 詩「だいたい何だよ、皆川さんって。
   ケツがこそばゆいだろ。
   ウタちゃん、とか、ウタリンって呼んでただろ?
   小学校ん時。」

幸美「・・・呼んでません。」

 詩「でもって調子に乗りやがって、みんなのウタちゃん、なんて言いやがったから、ぶっ飛ばしてやっただろ?」

幸美「違う人ですよ。」

 詩「いやゆっきいだった気がするけどな・・・」

幸美「お互い覚えてないですよね。」

 詩「なこたあねえよ。」

幸美「私もあんまり覚えてないし・・・
   私なんか忘れられても当然ですもんね。」

 詩「何言ってんだ・・・
   ぶっ飛ばされてえのか!」

幸美「ふふ・・・
   そのフレーズは覚えてます。」

 詩「なんだよ・・・
   俺印象最悪だな。」

幸美「口癖でしたよね。」

 詩「けっ!」

幸美「それから皆川さん。」

 詩「何?」

幸美「タバコ。
   (詩が投げ捨てた吸い殻を指さす)」

 詩「ああ、ワリイワリイ、消す消す。」

     詩、吸い殻を思い切り踏みつぶす。 
     ついでに木札にケリを入れたりもする。

 詩「おっしゃ、これで良し!」

幸美「いや、そういう問題じゃ・・・」 

 詩「そんじゃま、一服。
   ゆっきいも吸うか?」

幸美「皆川さん、それたぶんお墓ですよ。」

 詩「墓?」

幸美「何か書いてませんか?」

 詩「ボロボロで読めねえよ。」

幸美「戦争で亡くなった人の慰霊碑とかだったら、ヤバクないですか?」

 詩「そんな立派なもんには見えねえぞ。」

幸美「バチが当たりますよ。」

 詩「変なこと言うな。」

幸美「お墓を粗末にすると怖いですよ。」

 詩「やめろって。」

幸美「私、霊感があるの知ってますよね。」

 詩「お、おい・・・」

幸美「みんなでコックリさんとか、よくやりましたよね。
   確か学校で飼ってたウサギの霊を呼んだりとか。」 

詩「ウサギはしゃべんねえだろ!」   

幸美「皆川さん結構信じる方ですよね。」

 詩「もしかしてヤバかった?」

幸美「さっきから気配感じるんですよ。
   だから皆川さんに教えてあげようかなって。」

 詩「教えないでいいよ!」

幸美「マジヤバイですよ。
   ケリまで入れてたし。」

 詩「ケリはヤバイか?」

幸美「お墓にケリはあり得ないですね。」

 詩「わかった!
   バチが当たらんように、おがんどこう。」

幸美「いや、おがまなくても。」

 詩「ほら、ゆっきいも一緒におがんでよ。」

幸美「何で私が?」

 詩「いいからしゃがんで・・・
   ナンマンダ、ナンマンダ、ナンマンダ・・・」

幸美「それ何か違いません?」

 詩「え、ダメ?」

幸美「たぶん。」

 詩「そんじゃ変えよう。
   ナンミョウホウレンゲッキョウ、ナンミョウホウレンゲッキョウ・・・」

幸美「いやそういう意味じゃなくて。」

 詩「うわあ・・・
   バチ当たったらどうしよう?」

幸美「あ、あの、パニくらないでください!・・・」

     詩、うろたえた様子で辺りをせわしなくウロウロしている

幸美「落ち着いて次の行動を考えましょうよ、皆川さん。」

 詩「落ち着いてらんねえよ・・・
   うう・・・
   ゆっきい!」

幸美「はい?」

 詩「今日のパンツは何色だ!」

幸美「やめてください!」

 詩「何だ、下はいてんのか・・・(息が荒い)」

幸美「落ち着きましたか?」

 詩「ああ、ありがと。
   落ち着いた、かなり。」

幸美「何で人のスカートめくったら落ち着くんですか?」

 詩「ぷっ!(吹き出す)
   ごめ、無性にゆっきいのパンツが見たくなった。」

幸美「どういう性格してるんですか?」

 詩「パンツの霊に取り憑かれたらしい。」

幸美「何言ってるんだか。」

 詩「暑くねえか、下はいて。」

幸美「普通ですよ。」

 詩「あ、今思い出したけど、スカートめくりってスッゲエ流行ったよな。」

幸美「話をそらそうとしてる。」

 詩「流行っただろ。
   ホラ6年の時。」

幸美「ああ・・・
   6年生の時・・・」

 詩「俺らのクラスって女子が強かったじゃん?
   で女子同士でスカートめくるのが流行ったろ、ホラ男子がいない時に。」

幸美「私はあんまり・・・」

 詩「え?
   ゆっきいもB組だっただろ?」

幸美「高学年はクラス替えなかったから。」

 詩「だよな。
   俺らの学校。」

幸美「私その頃学校休んでて。」 

 詩「そだっけ?」

幸美「たぶん。
   スカートめくりが流行ったって頃。」

 詩「え、じゃ、吉田先生ヘンタイ事件も知らない?」

幸美「何ですか、それ?」

 詩「担任だよ、担任。」

幸美「それは覚えてますけど。」

 詩「体育の後に俺らがスカートめくりごっこやってて、キャーキャー大騒ぎしてたんだよ。
   で、男子は締め出してさ、先生が次の授業に来て、ガラって戸開けて入って来たわけ。
   そしたらみんながキャー、ヘンターイ、って、ふざけて物ぶつけたりしてさ。」

幸美「あー。
   そういう事やりそうなクラスだったですよね。」

 詩「ちなみに俺はサボテンの鉢植えを投げたら、見事に顔に当たった。」

幸美「それ、ひどくないですか?」

 詩「いやまさかホントに当たるとは思わなくて。
   先生額から血流して倒れてるし。」

幸美「ムチャクチャやってたんだ。」

 詩「まあ、いい思い出だよ。
   おかげで吉田先生もよく覚えてるし。」

幸美「ヘンタイで覚えられても。」

 詩「だよな。」

幸美「私いても参加してなかったでしょうね。」

 詩「そんなことないだろ。」

幸美「・・・はね者だったし。」

 詩「・・・あ、あれだ、ゆっきいってマージャン知ってる?」

幸美「やった事はないですけど。」

 詩「マージャン用語でハネ満ってあんだよ。
   ハネ、マン。
   何か響きがヤバイよな、ハネマン。」

幸美「ハネマンがですか?」

 詩「そうハネマン・・・
   それからさ、フリテンってのもあるんだ。
   これもヤバイよな。」

幸美「そうですか?」

 詩「ホラいただろ俺らのクラス。
   水泳の後裸で女子に乱入してくるバカが。
   フリ○ン高木。」

幸美「ああ、フリ○ン君。」

 詩「そうそうフリ○ン。」

幸美「あ・・・」

 詩「んな、悲しい目で見るなよお。
   笑えよ。」

幸美「どっちかと言えば恥ずかしがってるんですけど。」

 詩「俺も恥ずかしいんだぞ。」

幸美「それはウソ。」

 詩「ウソじゃねえよ。
   ほら、アドレナリンが大量に吹き出して、もう顔真っ赤。」

幸美「・・・おかしい。(笑っている)。
   ハネマンにフリテン・・・」

 詩「そっか?
   無理に笑ってねえか?」

幸美「いえ、今頃やっとおかしいのが来ました。」

 詩「ホントかあ?」

幸美「ホント。
   時間差ギャグですね、これ・・・(クスクス笑いが止まらない)」

 詩「俺バカだから。
   ゆっきいも良く知ってると思うけど。」

幸美「皆川さんも変わってない。
   昔からおかしな事ばかり言ってた。」

 詩「まあな。
   俺って根っからのバカだからさ。」

幸美「そんなことないです。」

 詩「いやマジでマジで。」

幸美「本当にバカな人は、気を使ったりしませんから。」

 詩「何言ってんだ?」

幸美「皆川さん、昔からそう。
   何かバツが悪いなって思ったら、面白い事言ってみんなを笑わせてくれた。」

 詩「俺がそんな事考えてるわけないだろ。
   未だに九九も怪しいんだからな。
   どうだ、参ったか。」

幸美「そんな威張って言う事じゃないですよ。」

 詩「素で返すなよ。」

幸美「でも大学生でも出来ない人いるらしいですよ。」

 詩「マジでか?」

幸美「皆川さん。
   私そんなに嫌な顔してました?」

 詩「お前昔から顔に出るんだよな。
   正直っつうか何つうか・・・」

幸美「私の方がバカだから。」

     幸美、詩が座っていた辺りにしゃがみ込んで座る。

 詩「パンツが見えない座り方。
   それが女子高生の座り方か?」

幸美「パンツから離れませんか?」

 詩「なあ、ゆっきい。
   そんなに俺と話すの嫌か?」

幸美「嫌ならとっくに帰ってます。」

 詩「お前みたいなバカの相手はしたくねえ、って顔に書いてあんだけど。」

幸美「・・・ごめんなさい。」

 詩「ぶっ飛ばされてえのか!
   悪くもねえのに謝んなよ。
   そんなだから・・・」

幸美「いじめられるんですよね。」

 詩「・・・ゆっきいっていじめられてたか?」

幸美「6年に上がってから学校行ってません。」

 詩「覚えてないなあ。
   俺バカだから・・・」

     携帯電話の着信音。
     詩が出る。

 詩「はい、もしもし・・・
   え、客なんかいないよ、始まってねえし・・・
   バッチシ。
   友達に借りた県女の制服・・・
   え、マジだよ。
   鼻血出しても知らねえぞ。
   だから早く来い・・・
   え?・・・
   あったり前だろ、メシ代なんかねえよ。・・・
   はあ?
   雨なんか降られた日にゃ売り上げゼロだよ。
   しょーがねえだろ、こればっかは・・・」 

     幸美、いつの間にか立ち上がって出店をのぞいている。

 詩「彼氏から。」

幸美「彼氏いるんですね。」

 詩「当たり前だろ。」

幸美「いいですね。」

 詩「お前高三にもなって彼氏いないのか?」

幸美「彼氏いない歴18年です。」

 詩「マジで?ゆっきい、メチャかわいいのにな。」

幸美「いや私なんか・・・」

 詩「冗談だよ、本気にすんな。」

幸美「それはちょっと、ひどいです。」

 詩「メチャは余計だけど、それなりにかわいいじゃん。
   少なくとも俺よりは。」

幸美「お互い傷をなめ合うのはやめましょう。」

 詩「ふわあー。
   何かヒマだべ~。」

幸美「あの、これ・・・」

 詩「ああ。
   これ全部俺が店番。」

幸美「へえ、楽しそう。」

 詩「彼氏がさ、こういう仕事やってんだ。
   ホラいるだろ、祭とかで店出してるお兄さん。」

幸美「ああ。」

 詩「俺とこ、親父がさ、あれだろ?」

幸美「そ、そうだったですね。」

 詩「ガキの頃からこういうの手伝わさせられてたし・・・
   ま、自然と、彼氏も・・・
   な?」

幸美「こんなたくさん店番大変ですね。」

 詩「いや、ここいらとか、人めったに来ないし。」

幸美「向こうの方に出せばいいのに。」

 詩「こういうのって縄張りがあって。」

幸美「出せないんですか。」

 詩「まあ勝手にはな。」

幸美「この辺、塾で遅くなった時は走って帰るんですよ。
   暗いし、人いないし・・・」

 詩「まあ花火が始まって暗くなりゃ、ボチボチ人来るはずだから。
   高校生とか、特に。」

幸美「もしかしてカップルで?」

 詩「まあそういう場所なんだよ、この辺。
   ちなみに変なオッサンとかも集まって来る。
   カメラ持ってたりして。」

幸美「詳しいんですね。」

詩「そういうのが全部客になる。
   ゆっきい、ホントに夜この辺通るのヤバイよ。
   変な奴多いから。」

幸美「私かわいくないから。」

 詩「バ~カ。
   夜目だと顔なんか見えねえの。」

幸美「それもちょっとひどいですね。」

 詩「ははは・・・
   あ、ヒマだから遊んでけよ。
   そこの金魚すくいとか。」

幸美「ごめんなさい。
   お金持ってないから。」

 詩「いいっていいって。
   どうせ元はタダみたいなもんだし、今日はかなり売れ残りそうだから。」

幸美「あ、それじゃ。」

 詩「ホント、雨降ったらアウトなんだよな・・・
   てすでにヤバそうな雲行きだし・・・」

     金魚すくいに興じている幸美。
     何度も紙を破いてしまう。

幸美「あー、又破れちゃった。」

 詩「お前恐ろしく下手だな。」

幸美「あ、ひどい。」

 詩「いやマジで、そこまでダメなやつも珍しいって。
   幼稚園児でも、もうちょっとうまいな。」

幸美「もうやめます。」

 詩「え、一匹もすくえないのにやめるのか?
   根性ねえぞ。」

幸美「だんだん金魚にバカにされてるような気がして来ました。」

 詩「それじゃ・・・
   はい、どうぞ。」

幸美「え?」

 詩「そこに書いてあるだろ。
   取れなくても金魚あげますって。」

幸美「いや、でも売り物なのに。」

 詩「それはあっと言う間に10枚破いたやつのセリフじゃねえぞ。
   何ならカメも持ってくか?
   カメなんかすくえるやついねえし。」

幸美「ごめんなさい。
   でもすぐ死んじゃうから。」

 詩「死んだっていいじゃん。
   生き物ってのは死ぬもんだ。」

幸美「かわいそうだし。」

 詩「ゆっきい。
   こういうの売れ残ったらどうするか知ってるか?」

幸美「え?
   いや・・・」

 詩「よくヒヨコ売ってるだろ。
   あれ、売れ残ったらだしになるんだよ。
   カップラーメンとかの。」

幸美「・・・きのう食べたのに。」

 詩「すぐ死んじゃってもいいんだよ。
   俺らだってすぐ死ぬんだしさ。」

幸美「じゃあ、そこに置かせてください。
   持って帰りますから。」

 詩「オッケー。」

     幸美が金魚のプール横に袋を吊していると、詩がふざけて水をかけてくる。

 詩「スキありー。」

幸美「うわっ。
   ひっどー・・・
   えい!」

 詩「おっ、逆襲か?・・・
   それっ!」

幸美「やったなー・・・
   どうだ!」

 詩「やり過ぎだよお前。
   下着まで濡れただろうが・・・」

     バシャバシャと2人で水の掛け合いをしている。

詩「あー、楽しいねー。」

幸美「はい。」

 詩「小っちゃい頃、よくこんな風に遊んだな。」

幸美「そうですね。」

 詩「あー、いい運動だった。」

     詩、ここで一服とばかりにタバコを出す 。

幸美「あ、又タバコ・・・」
 
 詩「今度は投げ捨てたりしねえから。
   許せ。」

幸美「ダメですよ。
   タバコなんか吸っちゃ。」

 詩「何で?」

幸美「だってまだ高校生じゃないですか。
   法律違反です。」

 詩「あれ?・・・
   あ、そっか。
   俺高校生じゃねえんだけど。」

幸美「え?
   でも制服・・・」

 詩「これさ、県女の友達に借りてんだ。
   俺の頭で県女なんか行けるわけねえだろ?
   てか、ぶっちゃけ中卒で働いてるから。」

幸美「どうしてですか?」

 詩「制服?
   いや、それが、彼氏の趣味でさ・・・」

幸美「趣味ですか・・・」

 詩「てか、遊ぶ時は制服のがいいんだよ。
   ナンパされ易いし。」

幸美「そうなんですか。」

 詩「今の彼氏にナンパされた時もこの格好だったんだよなー・・・
   呆れてる?」

幸美「そんな事ないです。」
 
 詩「で、こういう店番の時も制服にしろって言うんだよ。
   それもセーラー服じゃないとダメだって。」

幸美「彼氏がそんな事言うんですか?」

 詩「ちょっとヘンタイ入ってんだよなー、アイツ。
   セーラー服っつうと少ないからね、この辺りじゃ。
   結構苦労すんだ、友達探すのに。」

幸美「彼氏と仲いいんですね。」

 詩「男ってどうしょうもないね。
   セーラー服見ただけで、興奮すんだって。」

幸美「ははは。」

 詩「全くもう。」

幸美「皆川さん、嬉しそう。」

 詩「そうかあ?」

幸美「はい。
   うらやましいです。」

 詩「とにかくセーラー服が最強。
   (タバコを吸おうとする)」

幸美「ダメですって。
   (タバコを奪う)」

 詩「おい。
   俺高校生じゃねえんだぞ。」

幸美「高校生じゃなくても、未成年はダメです。」

 詩「勝手な事言うなよ。」

幸美「だって法律違反じゃないですか。」

 詩「いつから法律変わったんだよ。」

幸美「変わってません。
   前からお酒もタバコもハタチにならなきゃダメって法律で決まってます。」

 詩「高校やめた連中は平気で酒もタバコもやってるぜ。」

幸美「いや、それは・・・」

 詩「は、は、は、は・・・
   やっぱ変わんないな、ゆっきい。
   ぜんっぜん融通利かねえんだ。」

幸美「利かなくていいです。」

 詩「うん。
   ゆっきいらしくてよろしい。
   安心した。」

幸美「そうですか。」

 詩「ホント、小学校以来じゃん。
   ゆっきいがフツーのジョシコーセーになってたらどうしようかと思ったぜ。」

幸美「フツーですか。」

 詩「ホラ、良くいるじゃん・・・
   あ、そうだゆっきい、オヤジの役やって。
   タバコ吸ってるジョシコーセーを注意するオヤジの役。」

幸美「注意すればいいんですか。」

     詩、ウンコ座りでタバコを吸い始める。

 詩「注意しろよ。」

幸美「あ、はい・・・
   あー、君、高校生がタバコを吸っちゃダメだよ。」

 詩「何だよ。
   ウゼエよ、オヤジ!」

幸美「あ・・・」

 詩「どこ見てんだよ、ヘンタイ!」

幸美「(吹き出す)本物みたい・・・」

 詩「だろ?
   こういうフツーのジョシコーセーだよ。」

幸美「普通じゃないと思いますけど。」

 詩「俺の友達こんなんばっかだぜ。」

幸美「あの・・・
   私って変わってないですか?」

 詩「小学生のまんま。
   俺もよく頭の中小学生って言われるけど。」

幸美「ははは。」

 詩「なあ、その制服・・・」

幸美「あ、今通ってるとこのです。」

 詩「中高一貫だっけ。」

幸美「はい。
   全寮制で。」

 詩「寮に入ってんだ。」

幸美「ええ。
   ずっと女子寮に。」

 詩「ヤバクね?
   女子寮って。」

幸美「なぜですか?」

 詩「いや、ジョシリョーって言葉の響きがさ・・・
   ごめ、聞き流してくれ。」

幸美「・・・ヤバクないこともないんですけど。
   あ、何言ってるかわかんないですね。
   聞き流してくださいい。」

 詩「ゆっきい・・・」

幸美「あ、いや、何か思わせぶりな事言っちゃってごめんなさい。
   それなりに楽しいですよ、女子寮。」

 詩「そうかあ?
   寮っていろんな人が一緒に暮らしてるんだよな?」

幸美「そうですけど。」

 詩「俺そういうの絶対ダメ。
   マジで。
   団体行動とか出来ない人だから。」

幸美「・・・私も。」

 詩「だよな。」

幸美「いろんな所から来てて・・・
   知り合いいないし。」

 詩「でも好きで行ったんだろ?」

幸美「・・・私みたいな人が多くて。
   地元の学校に行き辛いとか・・・」

 詩「やっぱいじめとか?」

幸美「いじめてた方の人もいます。
   転校させられたとかで。」

 詩「意味ないじゃん。」

幸美「知らない人同士だと、人間関係1からやり直しだから・・・」

 詩「少年院みてえだな。
   あ、ごめ、たとえが悪いな。」

幸美「悪すぎます。
   少年院なんて知ってるんですか?」

 詩「あ、いや、もちろん行ったことはねえんだけど・・・
   俺友達多いから、中には・・・
   な?」

幸美「少年院か・・・」

 詩「やっぱゆっきいみたいな変人が多いのか?」

幸美「みんな普通ですよ。
   私も含めて。」

 詩「ははは。
   そだな。」

幸美「タバコ吸ってる人もいますよ。
   それも中学からずっと。」

 詩「それはフツーじゃないな。
   不良だよ、フリョー。
   ダメだよゆっきい。
   注意しなきゃ。」

幸美「皆川さん・・・」

 詩「ホントねえ、ジョシコーセーがタバコって一体どうなってんだ!
   世も末だよ。
   そう思わね?ゆっきい。」

幸美「いや、まあ・・・
   そうですね。」

 詩「なあ、腹すかね?
   何か食ってけ。」

幸美「いいんですか?」

 詩「もうタダでもらう気になってるな。」

幸美「あ、ごめんなさい!」

 詩「冗談だよ・・・
   へへ、ウチはひと味違う品揃えだからな。」

幸美「へえ。」

 詩「ほら、これ。
   みかんアメ。」

幸美「りんごじゃないんですか?」

 詩「りんごは高いから。」

幸美「しかもこれ、1粒だけじゃないですか。」

 詩「惜しい!
   ビミョーに違う。
   半粒だから。」

幸美「ビミョーにショボイですね。」

 詩「そ、ビミョーに・・・
   これなんかどう?
   さっき焼いたばっかのタコ焼き。」

幸美「あ、おいしそうです。」

 詩「だろ。
   しかもホラ見て。」

幸美「当たりが1つ入ってます?」

 詩「ま、食べてみ。」

     2人で1つずつ食べてみる。

 詩「うめえだろ?」

幸美「おいしいですけど・・・
   何も入ってないですよ。」

 詩「だから当たり付きなんだって。
   6個に1個の割合でタコが入ってる。」

幸美「ちょっとセコくないですか。」

 詩「タコ入ってるかな、どうかなーって、わくわくすんだろ?」

幸美「無理矢理ですね。」

 詩「よーし、これはどうだ。
   これはまともだぜ。
   カステラ。」

幸美「あー、アンパンマンのやつですね・・・
   あれ?
   バイキンマンだ。」

 詩「バイキンマンのカステラ。」

幸美「何であえてバイキンマンなんですか。」

 詩「俺バイキンマン好きだから。」

幸美「食べ物にバイキンマンて、イメージ悪いですよ。」

 詩「アンパンマンだと、業者がボルんだよなあ。
   その点、バイキンマンカステラはほとんどタダみてえな金で仕入れられる。」

幸美「そりゃバイキンマンですからね。」

 詩「だよな~。
   これ作ったやつ絶対方向間違えてるよな~。」

幸美「それを仕入れる方もどうかと思いますけど。」

 詩「ウケるんじゃねえかな、と。」

幸美「ウケを狙ってどうするんですか。」

 詩「ゆっきい、いらね?
   バイキンマンカステラ。
   中身は一緒だし、絶対売れ残るから。
   何しろほとんど売れたことねえんだぜ。
   スゲエだろ。」

幸美「力説しないでください。
   じゃあ、1個もらいます。」

 詩「はいはい、1個なんてケチくさいこと言わず、2個でも3個でも、持ってけドロボウ!」

幸美「いや、ドロボウって・・・」

 詩「どうせ売れねえんだ。
   こうなりゃヤケだ!」

幸美「まあまあ、ヤケにならないで。
  皆川さんも一緒に食べましょう。」

     幸美、詩の口にカステラを押し込み、2人一緒にカステラを食べる。

幸美「中身は一緒ですね。」

 詩「な?」

幸美「人間やっぱり食べるもの食べないとダメですね。」

 詩「さすがゆっきい。
   いいことを言う。」

幸美「私、寮じゃあんまり食べれないんですよね。」

 詩「おっしゃ、タコ焼きももっと寄こせ!」

幸美「はいはい・・・
   皆川さんは物を食べれないなんて事は・・・」

 詩「食えりゃ文句は言わねえよ。
   うちの親父なんか食えねえ物いっぱいだけどな。」

幸美「お父さんが?」

 詩「糖尿だから。」

幸美「ははは。」

 詩「おっとラッキ。
   タコ発見。」     

幸美「何かズルイな。
   自分で食べちゃって。」

 詩「ゆっきいが食わねえからだ。
   ほら、食いな。
   側だけタコ焼きとバイキンカステラ。」

幸美「食べる気なくなりますよ。」

 詩「しかし、相変わらずだれも来ねえな。」

幸美「皆川さん。
   私店手伝いましょうか?」

 詩「え?
   いいよ。」

幸美「一人じゃ大変じゃないですか?」

 詩「いやホントいい。
   もうすぐアイツも来るし。」

幸美「彼氏ですか?」

 詩「まあな。」

幸美「私・・・
   邪魔ですね。」

 詩「んなこた言ってねえよ。」

幸美「あー、私一体何やってるんだろう?」

 詩「暗くなる前に金魚持って帰んなよ。」

幸美「皆川さん。
   聞いてくれる?」

 詩「客来るまでな。」

幸美「私、今学校行ってないんです。」

 詩「何だまたかよ。
   進歩がねえな。」

幸美「そうですよね。
   今夏休みで帰省してるんですけど、学校に戻るかどうかわかりません。」

 詩「好きにしろよ。」

幸美「・・・皆川さんには関係ないことですもんね。」

 詩「ゆっきい、お前、俺怒らせようとしてんのか?」

幸美「バカですよね、私。
   高三だからって塾の夏期講習なんか行ったりして。
   その前に高校卒業しなきゃ意味ないのに。」

 詩「るせえよ。」

幸美「こういう性格だから私。
   何回学校行っても同じこと。
   みんなとうまく行かなくて、はね者にされて。
   友達なんか1人も出来ない。
   一生こうだ。
   私一生ダメな人間なんだ・・・」

 詩「てめえ、ぶっ飛ばされてえのか!」

     詩、幸美につかみかかる。

 詩「俺たちゃ友達じゃねえってのか?
   え?
   どうなんだよ!」

     突然雷鳴と共に 激しい雨が降り始める。

 詩「お前なんか濡れちまえ!・・・
   どうした?
   反撃しろよ。」

     雨の中バシャバシャと水を掛け合う2人。
     もう全身ビショ濡れだ。
     雷はおさまるが小雨は続く。

 詩「俺達ホントバッカだよなあ。」

幸美「花火大会中止ですねー、これ。」

 詩「どうすんよ?
   ビッチャビチャだぜ、俺ら。」

幸美「いいじゃないですか。」

 詩「良かねえよ!」

幸美「思い出しました。」

 詩「何を?」

幸美「あれ。
   (木札を指さして)何か小動物のお墓ですよ。」

 詩「小動物だって?」

幸美「それこそ金魚とか。
   近所の子供が立てたんですよ、昔。」

 詩「ふーん。」

     携帯電話の着信音。詩が出る。

 詩「もしもし・・・
   あーもうビッチャンコ、はよ迎えに来て・・・
   え、何で?
   そんな時間までどうせえっちゅうの!・・・
   客なんかいるわけねーだろ。
   花火中止だし・・・
   えー?
   ビタ一文ねーよ・・・
   何言ってんだ、このバカ!」

     詩、携帯電話を投げ捨てる。

幸美「ケンカですか。」

 詩「ああ。」

幸美「ダメじゃないですか。
   彼氏と仲良くしないと・・・」

 詩「るっせーよ。」

     詩、しゃがみ込むと泣き出す。
     音楽入る。

幸美「皆川さん?」

 詩「・・・彼氏なんかじゃねえよ。」

幸美「え?」

 詩「うちのヘンタイ親父だよ。」

幸美「・・・(言葉がみつからない)」

詩「娘にこんな格好させやがってよ・・・
   挙げ句の果てにゃ、晩メシ代ねえからって・・・」

幸美「言わなくていいよ!」

 詩「娘にそんな事させる親がどこにいんだよう・・・」

幸美「ウタちゃん・・・」

 詩「ゆっきい・・・」

     音楽大きくなる。
     落陽。
     秋の気配。
  ~おしまい~ 


いかがでしょうか?もし良かったら押してください。
         ↓

人気blogランキングへ




フリーエリア
プロフィール
HN:
ゴルゴ40
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1963/12/06
職業:
高校英語教員
趣味:
脚本創作・詰将棋・競馬・酒・女・仕事
自己紹介:
 ここには高校演劇用の少人数で1時間以内、暗転のほとんどない脚本を中心に置いてあります。

 上演を希望される方は脚本使用許可願を使って連絡してください。無断上演は厳禁です。
フリーエリア
バーコード
ブログ内検索
フリーエリア